お店(98)
2009年6月25日(木)
どうして正体がばれたんだろう?
お店×98
今日のお昼は、たまたま通りかかったというか、通るようにした「mesi cafe ピグレット」さんへ行ってきました。
なんせ初めて訪れるお店なもんで…緊張しつつ入店。
皆さんがいつもブログに書いているので、気になっていました。
お店に入ると、レコードのジャケットが沢山張られていて、その中の一枚に僕も持っている「チャク・ベリー」があり、あ~こんな曲を聴いていたんだ、共通点があるかなと、勝手に思い込んでチョッと安心。
注文をとりに着たので「あの~トントンランチを…」とオーダー。「あの~写真撮ってもいですか?」と、「どうぞ…」の声にまた、一安心。
運ばれてきたのが、何度もブログで見ていた↑トップのランチです。
別な角度から(大好きなトマトマカロニを)
愛用のNIKON D-80で十枚くらい写真を撮って「いただきま~す」
お味もボリュウムも、ワンコインなら申し分なし。
こればっかりオーダーされたらピグレットさんもこまるだろうなとおもいつつ…
「毎日10食限定」と書いてあり、また一安心。
ご馳走様でした!
お金を払う時に「スイマセン!写真ブログに載せていいですか?」と聞くと、ママが「鉄鍋達人さんですか?」「アッ、ハイ」と
どうして判ったんだろう。
「おでこ」に名札張っていたかな。
大空でひと仕事し、違う現場の下見を「そういえばヒキチ工芸さんが近くだ!」
初めての訪問でまたドキドキ。
お父さんから冷たい缶コーヒーをもらい、お母さん(?)からアイスをもらい、感謝感謝。
初めての「ヒキチ」さんと対面。15分ほど話、また会う約束を。
「ヒキチ」さんと玉子の関係もよくわかりました。
ハラハラ、ドキドキの一日でした。
2009年6月20日(土)
休みの日に、たまに行っています。
お店×98
外食の回数が極端に少ない我が家でも、「なんか食べに行くか?」と言うと、それは大光にラーメン食べに行こうということなのです。
通い始めてもう20年近く経ちます。
娘たちがまだ小学生のころから、息子にいたっては生まれてからずっ~と、です。
なぜって? それは美味しいから
豚骨系のスープなんですが、特有の臭みが何にも無く、コッテリでもあり全部飲んでしまいます。豚骨のお手本みたいなスープです。
昔は大津で食堂を経営していたとのこと、帯広の光南に来て-つまり「大津」から「光南」…「大光」という名になったとか。
大津の時は「ツブラーメン」が好評だったと言う話を聞いたことがあります。
普通ラーメン屋さんのことならスープとか麺とかチャーシューが、話題になりますが、特記したいのが、僕の場合は「大光さんの海苔」なんです。大光さんの海苔はスープに溶けない。最後までしっかり海苔の自覚を持ち形を保っているんです。ガンバレ海苔君!
言わなくても、ネギが得意でない息子のドンブリにはネギ抜きで来ますし、今では常識になっていますがテーブルの上にはティッシュボックスが(当時は珍しかった)
娘が帰ってくると必ず行きます。
気遣ってくれ、清潔で、お値段も手ごろ。去年の春先までは1杯550円だった(小麦の値上がりで現在は650円)。それでも満足です。
休みの日のお昼は家族ずれで、いつも満席になっています。
きょうもゴチソウサマでした。
通い始めてもう20年近く経ちます。
娘たちがまだ小学生のころから、息子にいたっては生まれてからずっ~と、です。
なぜって? それは美味しいから
豚骨系のスープなんですが、特有の臭みが何にも無く、コッテリでもあり全部飲んでしまいます。豚骨のお手本みたいなスープです。
昔は大津で食堂を経営していたとのこと、帯広の光南に来て-つまり「大津」から「光南」…「大光」という名になったとか。
大津の時は「ツブラーメン」が好評だったと言う話を聞いたことがあります。
普通ラーメン屋さんのことならスープとか麺とかチャーシューが、話題になりますが、特記したいのが、僕の場合は「大光さんの海苔」なんです。大光さんの海苔はスープに溶けない。最後までしっかり海苔の自覚を持ち形を保っているんです。ガンバレ海苔君!
言わなくても、ネギが得意でない息子のドンブリにはネギ抜きで来ますし、今では常識になっていますがテーブルの上にはティッシュボックスが(当時は珍しかった)
娘が帰ってくると必ず行きます。
気遣ってくれ、清潔で、お値段も手ごろ。去年の春先までは1杯550円だった(小麦の値上がりで現在は650円)。それでも満足です。
休みの日のお昼は家族ずれで、いつも満席になっています。
きょうもゴチソウサマでした。
2009年4月21日(火)
閉まった店、思い出した味
お店×98
雨が降って大通りを車で走ってると思い出す。
今はもう店じまいした食堂。
看板に「長崎チャンポン」って描いてあった。
その下に、何とか食堂と描いてあったが、もうその記憶は無い。
メニューも「長崎チャンポン」ただ一つだけだったような気がする。
もう店を閉めて数年が経っている。
当時もかなり年配のおじさんだったので店を閉めたんだろうと思う。
僕がその食堂で食べていたとき、おそらくは初めて来店したお客さんだと思うのだが、「味噌!」。
親父さんは、ぼっそっと「ネェ」。
お客さん「じゃー醤油!」
親父さん、ぼっそっと「ネェ」
お客さん「塩は?」
親父さんは黙って作り始めた
確かにその店の「チャンポン」は塩味がベースだった。
決して無愛想ではなく、言葉数が少ない親父さんだった。
人によっては、油臭いという人もいたが、あの味僕は結構好きだった。
初めて「長崎チャンポン」に行った日は雨が降っていた。懐かしくチャンポンの味、思い出した。
おじさん、今頃どうしているんだろう。
看板の取り付け金具がまだ残っていた。
帯広にもたくさんのお店がオープンしているけど、閉めたお店も、心に残しておこうと思った。
----さて今晩は何作ろう----
今はもう店じまいした食堂。
看板に「長崎チャンポン」って描いてあった。
その下に、何とか食堂と描いてあったが、もうその記憶は無い。
メニューも「長崎チャンポン」ただ一つだけだったような気がする。
もう店を閉めて数年が経っている。
当時もかなり年配のおじさんだったので店を閉めたんだろうと思う。
僕がその食堂で食べていたとき、おそらくは初めて来店したお客さんだと思うのだが、「味噌!」。
親父さんは、ぼっそっと「ネェ」。
お客さん「じゃー醤油!」
親父さん、ぼっそっと「ネェ」
お客さん「塩は?」
親父さんは黙って作り始めた
確かにその店の「チャンポン」は塩味がベースだった。
決して無愛想ではなく、言葉数が少ない親父さんだった。
人によっては、油臭いという人もいたが、あの味僕は結構好きだった。
初めて「長崎チャンポン」に行った日は雨が降っていた。懐かしくチャンポンの味、思い出した。
おじさん、今頃どうしているんだろう。
看板の取り付け金具がまだ残っていた。
帯広にもたくさんのお店がオープンしているけど、閉めたお店も、心に残しておこうと思った。
----さて今晩は何作ろう----
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