2009228(土)

結ぶ(後編)

物語×41

(続き)

それで、わたしはたまにこの真空になったところを歩くことがあります。

ラッシュのときなんかに、使うと便利なんですよ。
ホームの両側に人が満杯の状態で立っていたりするものですから、通り抜けることすら難しいのです。その間をくぐり抜けて歩けば、肩からかけたバッグは隙間にひっかかるは、足は間違って踏まれるは。
すいません、すいませんと声を掛けても、耳にイヤホンをかけて、周囲に何を聞いているかわかるほどにした人にとどくはずもありません。
そんなときに真空になったところを歩くと、誰にも何にもさえぎられるものがなくて、いらいらしないんです。

でも、白い線の外側は、正直、怖いです。

白い線から向こうの、さっきまで居たところは、平らかな人でごった返すところなのに、白い線からこちらは、切り立った断崖絶壁のよう。
もちろん、眺めても見えるのは海ではなく、敷石であり枕木であり、線路だけなのですけれど。
もしここでだれかに突き飛ばされたら、などと、そんな物騒なことを考えなくても、ふと、引き込まれそうになるときもあります。

そこから、だれかに呼ばれているような気がして、下を除いてみたい衝動に駆られたときは、気をつけなきゃいけないと思っていたりします。
きっと、覗いたら最後、わたしは引きずり込まれてしまうでしょうから。

というのは、たまに、ほんとうにごくたまに、ホームの下めがけて人が飛び込んでしまうことがあるからです。電車に轢かれる瞬間を、幸いにもわたしはまだ見たことはありません。ですが、毎日、どこかで、人身事故の話は出てきます。

「人身事故のために遅れが出ています」

とアナウンスされると、たいてい、飛び込みだったりするのです。

さらに
「車両点検をしています」

などとアナウンスが出たりすると、いよいよもって・・・と背筋が凍ります。

その、なくなった人たちが、私を呼んでいる。
そんな気持ちになるから滅多に近寄れませんし、近寄りません。

一度こんなこともありました。
真空地帯を歩きぬけ、いつもわたしが立つ場所の黄色い線の内側に入ったときに電車が通過していったのです。
もちろん、通貨電車があるときには、

「黄色い線の内側お待ちください」

というアナウンスがあります。
でも、そのときの私は聞き逃していたみたいです。

通過だから、電車の速度はあまり緩めません。
電車の顔が、空気を押してきて、風が吹きます。
空気でっぽうでコルクの栓を押し出すような感覚なのでしょうか。
そのときにふく風の音(ね)は、鬼の咆哮のようでもあります。
気合で喝を言われたときの感覚にも似ているかも知れません。

私はたまたま背中を向けていたから、ごうう、というその時の風は、髪の毛をめちゃくちゃにしただけでしたが、前を向いていたら、いくらかのショックがあるだろうなと思います。
いえ、たいていアナウンスで気が付くのだから、これはなにかが耳をさえぎったのかもしれません。
などと考えてしまうのです。

私はよく不思議な夢を見ます。
目が覚めると、天井から自分を見下ろしているのです。
頭のところとお腹のところには、光る糸のようなものが、ねじれを伴いながら、くっついています。
わたしと、下で寝ているわたしは、そのひかる糸で結ばれているようです。
その結び方は、どんな結び目なのか。
わたしの興味はそこにあるのです。だから目を凝らしてそこを見ようとします。
でも、いつも、そこで目が覚めます。

天井を見上げているので、あっ夢だったんだなと思うのです。

そういったことは、みんなうすうす感じているのかもしれません。それで、みんな黄色い線の内側で待っているのだと思います。

だから、私も真空地帯を歩くときは、滅多にありません。



「メトロ線乗り入れ各駅停車、・・・・行き参ります。」

アナウンスがまた聞こえました。
これで何本の電車を通過させたことでしょう。
今日は、交際を申し込まれた同級生と初めてディズニーランドに行くのです。
いまどきディズニーなんて幼いでしょうか。
でも行ってみたかったのです。

一緒に遊びに行こうよといわれて、何故か、夢と魔法の国に行ってみたくなったのです。
夢と魔法と現実の世界を結ぶものは何か。

多分わたしの興味は結ぶところにあるのです。

デートなんて、初めてだから緊張して眠れませんでした。晩生なんていわないでください。
誰だって初めての相手の前では緊張するでしょう?

思わず早起きして、勢いで駅に来てしまったのですが、早すぎたようです。

「あっいた!ごめんね、待たせた??」
右側から呼びかけられました。
彼は、今発車した、各駅の電車にのっていたみたいです。

「いえ、まだ待ち合わせ時間を過ぎたばかりだし・・・」

本当は、ここでずいぶん待っていたから、手が冷たくなりました。それを隠すようにわたしは、ポケットに手を入れようとしました。

彼は、その様子を見たのか見なかったのか、わかりません。

でも、わたしに近づいてきて、ポケットに入れようとした手を握り締めました。

「さあ、JRの改札に急ごう!電車一本遅れても、あっというまに並んじゃうからね!」

そういって彼は私を引っ張って早足になりました。


わたしは、引っ張られている間中、つながれた手のほうに意識を向けていました。

いつもつなぐ女の子の手と違う、骨っぽさ。
その手の温かさ、力強さ。
その力強さと熱さ、手の平の厚さに、めまいを起こしそうです。

いつか、わたしは、この人と結ばれるかもしれない。
そう思ったら、手から赤い糸が伸びて彼につながっているように見えました。

・・・願わくば、本結びでありますように。






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