2008年9月26日(金)
運動会(3)
物語×41
「来年一年生の皆さん~、並んでくださいね~、次、みんなで順番に走りますよ~」
児童に接するよりずっとソフトな感じで学校の先生が子ども達を呼び、タケルもユートも跳ねるように立ち上がって列に加わった。
「5人ずつ並んでくださいね」
先生が背中を軽く押して促しながら子ども達を並ばせ、隣の子どもと手をつながせる。
タケルとユートの並んだ列は、見事に同じ幼稚園の子ども達ばかりだ。
「あー、リクも一緒ね。」そこを見て思わず苦笑した。
リクのお母さん、カナがこっちに手を振っていた。
リクは近所の子で同じ幼稚園に通っている。
お兄ちゃんがいるために揉まれて、かけっこがとびきり早い。体も大きく、大きいといわれるタケルから見てもずっと大きい。
そんなリクが、親から離れて地面にちょこんとしゃがむ姿はやっぱり幼児で、タケルもユートも一緒だ。
小学生とは何か違う幼さがあふれているように感じる。
10列以上の子ども達が並び、いつもと違う学校の先生に連れられ、グラウンドの中央に着いたころ、リカはぽそりと漏らした。
「やっぱり、ユートがあの中でも一番小さいかなぁ」
「え?」
「なんか、ユートは小さくて、ちゃんと大きくなるのかなって」
そういわれて見ると、タケルやリクより頭半分くらい小さい。
でも男の子は小さいといわれても、小さい女の子よりずっと背が高くなるものだ。
ミサは今は小さいといわれるけれど、小さい頃は誰よりも大きかった。育つ速度が子どもによって違うから、子どもの身長は当てにならないと思っている。
だから気休めでなく、言った。
「男の子はこれからだよ、今小さくても、伸びるときがあるみたいに思うよ。」
「そうかなあ、なんか不安で」
「身長、お父さんに似るっているよ。それから考えてみたら?」
ミサは笑って言った。
子どもは母親だけで出来るものではないから。
ちょっと間があった。
子供たちのほうを見たまま、リカは言った。
「あー・・・忘れちゃったな」
「え?」
「ウチ、シングルマザーなんすよ。どうもそういう風には見えないらしく明るいらしいんですけど。」
その後、ミサはどんな質問をしたのか覚えていない。
でもリカが一方的にはなしたことは覚えている。
リカは二股をかけられていたこと、相手は夫の会社にいること、
リカが妊娠している間もリカの夫は浮気をしていたこと、
子どもが生まれると家に寄り付かなくなったこと、
家に戻ってきたらDVが始まったこと。
リカが弾丸のように早口でまくし立てて、それが痕として残っただけかもしれない。
けれど、その痕はミサが感じるよりずっと深いところに刺さったらしい。
まるで、リカが観念したかのような口ぶりだったせいもあるかもしれない。
「11ヶ月くらいのとき、ユートが笑わなくなっちゃったんですよ。それで、あ、これはもうダメだって」
その言葉は覚えているのに、前後の流れすら覚えていない。
リカが家出をしたのか、夫と話し合ってきたのかもわからない。
ただ、リカの仕事は、都会では需要があって忙しいから切れることもない、だからなんとかやっていける、と。
確かにその仕事は―声を当てること―は都会ならではの仕事かもしれない。
「あれだけ笑わなくて心配していたけど、ユートは今一番笑うから」
リカは子ども達がつれられていった場所に目をやった。
遠くから、スタートのホイッスルが聞こえるたび、さっき並ばされた5人の子ども達が順序良く駆け出していく。
勢いよく飛び出す子。
その場で一度地団太を踏んで確かめるように走っていく子。
まだヨーイの格好で周囲の様子から慌てて走る子。
先に走る子どもを見て、たちつくし、慌てて6年生に手を引かれていく子。
親と一緒に走る子。
走るのがいやで抱きかかえられていく子。
そういえば、6年前、ヒメカは走るのがいやで並びさえもしなかった。
ミサは、喜び勇んでかけていくタケルに、ヒメカと違うと思って苦笑した。
リカは走るユートを目で追って応援を送っている。
30人足らずの子ども達が走る短い時間の中でも、子ども達の様子はひとりひとり違っている。そこに居合わせたのは学校に通う児童、これから通うことになる児童、学校の先生、子ども達の親・・・。
田舎から、より田舎に出てきたのんきな母親もいれば、都会に憧れてそこで酷い目にあった母親もいるし、ただその場に居合わせただけの母親もいた。
そこに、誰一人として同じ生き方をしていない一同が集まって、一様に自分の子供達を応援し、汗をかいている。
声援と競技を終えるアナウンスが流れ、タケルたちの活躍は終わり、次の競技の選手が入っていった。
太陽のじりじりとした暑さだけが、さっきと変わらないで、そのままだった。
(終)
児童に接するよりずっとソフトな感じで学校の先生が子ども達を呼び、タケルもユートも跳ねるように立ち上がって列に加わった。
「5人ずつ並んでくださいね」
先生が背中を軽く押して促しながら子ども達を並ばせ、隣の子どもと手をつながせる。
タケルとユートの並んだ列は、見事に同じ幼稚園の子ども達ばかりだ。
「あー、リクも一緒ね。」そこを見て思わず苦笑した。
リクのお母さん、カナがこっちに手を振っていた。
リクは近所の子で同じ幼稚園に通っている。
お兄ちゃんがいるために揉まれて、かけっこがとびきり早い。体も大きく、大きいといわれるタケルから見てもずっと大きい。
そんなリクが、親から離れて地面にちょこんとしゃがむ姿はやっぱり幼児で、タケルもユートも一緒だ。
小学生とは何か違う幼さがあふれているように感じる。
10列以上の子ども達が並び、いつもと違う学校の先生に連れられ、グラウンドの中央に着いたころ、リカはぽそりと漏らした。
「やっぱり、ユートがあの中でも一番小さいかなぁ」
「え?」
「なんか、ユートは小さくて、ちゃんと大きくなるのかなって」
そういわれて見ると、タケルやリクより頭半分くらい小さい。
でも男の子は小さいといわれても、小さい女の子よりずっと背が高くなるものだ。
ミサは今は小さいといわれるけれど、小さい頃は誰よりも大きかった。育つ速度が子どもによって違うから、子どもの身長は当てにならないと思っている。
だから気休めでなく、言った。
「男の子はこれからだよ、今小さくても、伸びるときがあるみたいに思うよ。」
「そうかなあ、なんか不安で」
「身長、お父さんに似るっているよ。それから考えてみたら?」
ミサは笑って言った。
子どもは母親だけで出来るものではないから。
ちょっと間があった。
子供たちのほうを見たまま、リカは言った。
「あー・・・忘れちゃったな」
「え?」
「ウチ、シングルマザーなんすよ。どうもそういう風には見えないらしく明るいらしいんですけど。」
その後、ミサはどんな質問をしたのか覚えていない。
でもリカが一方的にはなしたことは覚えている。
リカは二股をかけられていたこと、相手は夫の会社にいること、
リカが妊娠している間もリカの夫は浮気をしていたこと、
子どもが生まれると家に寄り付かなくなったこと、
家に戻ってきたらDVが始まったこと。
リカが弾丸のように早口でまくし立てて、それが痕として残っただけかもしれない。
けれど、その痕はミサが感じるよりずっと深いところに刺さったらしい。
まるで、リカが観念したかのような口ぶりだったせいもあるかもしれない。
「11ヶ月くらいのとき、ユートが笑わなくなっちゃったんですよ。それで、あ、これはもうダメだって」
その言葉は覚えているのに、前後の流れすら覚えていない。
リカが家出をしたのか、夫と話し合ってきたのかもわからない。
ただ、リカの仕事は、都会では需要があって忙しいから切れることもない、だからなんとかやっていける、と。
確かにその仕事は―声を当てること―は都会ならではの仕事かもしれない。
「あれだけ笑わなくて心配していたけど、ユートは今一番笑うから」
リカは子ども達がつれられていった場所に目をやった。
遠くから、スタートのホイッスルが聞こえるたび、さっき並ばされた5人の子ども達が順序良く駆け出していく。
勢いよく飛び出す子。
その場で一度地団太を踏んで確かめるように走っていく子。
まだヨーイの格好で周囲の様子から慌てて走る子。
先に走る子どもを見て、たちつくし、慌てて6年生に手を引かれていく子。
親と一緒に走る子。
走るのがいやで抱きかかえられていく子。
そういえば、6年前、ヒメカは走るのがいやで並びさえもしなかった。
ミサは、喜び勇んでかけていくタケルに、ヒメカと違うと思って苦笑した。
リカは走るユートを目で追って応援を送っている。
30人足らずの子ども達が走る短い時間の中でも、子ども達の様子はひとりひとり違っている。そこに居合わせたのは学校に通う児童、これから通うことになる児童、学校の先生、子ども達の親・・・。
田舎から、より田舎に出てきたのんきな母親もいれば、都会に憧れてそこで酷い目にあった母親もいるし、ただその場に居合わせただけの母親もいた。
そこに、誰一人として同じ生き方をしていない一同が集まって、一様に自分の子供達を応援し、汗をかいている。
声援と競技を終えるアナウンスが流れ、タケルたちの活躍は終わり、次の競技の選手が入っていった。
太陽のじりじりとした暑さだけが、さっきと変わらないで、そのままだった。
(終)
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