20081010(金)

専守防衛(4)

物語×41

4(続き)

サトルの実家は、広い純然たる日本家屋の平屋で、二階をつくるという話は以前からあった。しかしすでに築50年、しかも現在の安全基準から見ると、柱が重さに耐えられない、と言われたらしい。

かといって増築するには、土地の問題があった。
市街地ならともかく、周辺に農地をたくさん抱えたこの地域は首都圏の食を賄う地域でもあるので調整区域となり、いちいち手続きが面倒なのだ。

家を建て替えること、それは嬉しかった。
ようやく落ち着けると思った。

母の世代がしていたようなレースや手芸のあふれた家を目指そうとは思わなかったけど、子供の作品を壁に飾るとき、躊躇することは少なくなると思った。

でも。

でも、なのだ。

その頃、サユリのおなかには、二人目の子どもが居た。
生まれてくる子どもの世話や、生まれた直後に小学校に上がる子どもがいることを考えると、気持ちはけして軽くはならなかった。

だから、もうすこし後でもいいですよと言ってもみた。

けれど、やっぱり勢いは止まらない。
勢いが出ると止まらないのは、運転と似ている、誰だって止めることは難しいのだな、と思った。

そういう自分だって「間に合わせ」を続けられなくなって引越ししたがったのだし。

もし、その引越しを止められていたら、神経症的なところはもっと酷くなっただろう。
事実、間に合わせから脱出した「安心」は副作用のように神経症の部分を表に出させて、サユリは1年以上通院しなくてはならなかったのだから。

サトルの親との同居は気が重くはなかった。
が軽いともいえなかった。

長男は親と同居する、そんな時代でもないだろうとは思ったが、本人がずっと望んできたことにいちいち反対する理由もない。

実際に義両親は、人のことに関心をもって束縛しないではいられないほど、暇でもなかった。
サトルが幼い頃から成人するまでお店を営んでいて、共働きだったので、いろいろ苦労もあったのだろう。
近所の話を聞くことも多々あって、いろいろな揉め事も耳にした。
いろいろな人がいろいろなことを話すのをみて、物事を客観的に見ることに訓練された人たちだった。
賢い、良い人たちでもあった。

それでもやはり、進むにつれて存在は重たくなった。
彼らの人柄そのものではなく、こういう風にして欲しいと望む、その建て換えに求めることから生じる、サトル夫婦の居住場所への制約だった。

まず、サトルの親たちは、今まで住んでいた間取りを参考にしたので、いまどき滅多に作らない和室が、とても大きくなった。
和室だけで合わせると20畳ある。それでも以前の和室より狭いのだ。

参考にした家は義両親が建てたのではない。
サトルのおじいちゃんが、日本の景気のいい時代に建てたものなのだ。

しかし、この家は、いずれ人が少なくなる。
老いれば死に、子どもはいずれ巣立つ。

巣立ったものが戻ってくるかということには、子どもの伴侶にもよって予想もつかない。
三十路なかば過ぎ、今だ未婚のサトルの弟だって、結婚すればやはり一緒に住むことは考えないだろう。

すこし考え直したほうがいいのではないかと、サユリは話した。

「私たちが年取って二人になって、家の端から相方を呼んで、返事が聞こえないと思ったら死んでいた、なんて洒落にならないよ」
と洒落めかしても見た。

「呼んでる方も大声で心臓に負担がかかるかも」
サトルは胸を手で押さえて、うっという表情を作った。

洒落めかすと、サトルの反応はいいのだ。

今回は珍しく、すぐ答えが帰ってきた。

「オヤジが、葬式を出すときに、家から出して欲しいんだろうよ。じいちゃんもそうだったし。家から逝きたいんだよ」

サユリにはそれ以上何も言えなかった。飲み込まざるを得なかった。

彼らの望みなのだ。
それが。

(続く)






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