2008年10月17日(金)
専守防衛(8)
物語×41
(続き)
気が付いたら、朝だった。
異常なまでに興奮した脳は、すっかり疲れ、途切れるように眠りに落ちたのだ。
すでに朝の10時を過ぎていた。
サトルは、休日の朝だというのに、朝早く出かけてしまったようで、いなかった。
会社の友人と出かける約束をした、と一昨日に言っていたのを思い出す。
ちょっと先に起きた子ども達のために食事を用意し、自分ものろのろと食卓の椅子に腰掛けた。
「ここを出て行く勇気があればいいのかな。そのほうがいいのかな。でも出て行ってどこに行けばいいのかな?子ども達のゴハンはどうするの?家出するならどのくらいお金を持っていけばいいのかな?あーあ。でも家を出ても結局探してくれないんだろうな、・・・前だってそうだったし」
以前、家を勢いで飛び出したときの事をサユリは思い出した。
子ども部屋に2段ベッドがある。
上の子どもは使うに十分な年なので上に寝ていたのだが、下の子はそれをうらやましがった。
それではしごを昇った。
昇って、達成感に浸ってみたが、そこに飽きてみて、降りられないと判った。
降りられないと判ってようやく、下の子は困った。
その間、サユリとサトルは、同じ階の台所で、片づけをしていた。
間に合わせの食器棚から、そろそろいらなくなったミルクビンを捨て、代わりに出したり掃除をしたりなどをしていた。
親が見えなくても、そばにいるのだから、声なり出して呼べばよかったものを、下の子はなぜか、呼ばなかった。お姉ちゃんが上がり下りしているのを自分も出来ないはずがないと確信していたのかもしれない。
しかし体の大きさ、足の長さ、運動機能、どれをとっても8歳の子どもと1歳後半の子どもでは違いすぎた。
下の子は、どすん、と音をたてて落ちた。
その間、上の子は、下の子と遊ぶのに飽きて、マンガを読んでいた。
はしごに登ったときには、大人を呼ぶように言ってはあったが、友達から借りたものに夢中で、同じように下の子がベッドの上で遊ぶことに夢中な様子を見て、呼ばなかったらしい。両親が、がさごそと動いている音を聞いて、安心していたのかもしれない。
落ちて、親が何事かと駆けてきてから、上の子は、下の子が落ちたのに、気が付いたようだった。
サユリは慌てて下の子を抱き上げ、様子を見た。
大声で泣いてはいるが、骨が折れて痛いのか、までは、まだ判らない。
しばらくしてみると、特に骨も折れておらず、頭を打っても居ず、落ちたのも上からではなく、途中真ん中あたりからのようだと知って、ほっとした。
しかし、そうなると、同時に腹も立つものだ。
「何故教えてくれなかったの」とサユリは上の子を問い詰めた。
上の子は、今までの育ちからくる暢気さと、親はいつも絶えず子どもを見ているものだという気持ちがあった。それだけサユリたちは、上の子をしっかりと見ていたのだ。
だから上の子が、他人を見る必要などないと思うところがあったのだろう。
そんな部分が、暢気で他人事のような、何が起こったのかわからない、そう、ことの重大さを判っていないような表情を見せた。
言い聞かせてもわからないの?
サユリはつい手を挙げた。
手を挙げて、上の子は驚いて身をすくめた。
注意された理屈が判ったからではない。自分が叩かれるという恐怖と驚きだ。そこから身を守るための反射だ。
叩かれても、上の子は、何が悪かったのか判らない、という顔をしていた。
その間、サトルは、離れて、だまってそれを見ていた。
サユリが下の子が泣いているのを抱きかかえ、おろおろしているときにも、上の子に今の出来事を言い聞かせて、それでも話が通らないと手を挙げたときでも、ただ見ていた。
それは、子どもが泣けばすぐ母親に渡してきた報いでもあった。
突然、何事かが起こればサトルには何も出来ないのだ。わかりきっていた。おなかが空けば、おっぱいを与えるために母親に連れてきてくれるし、オムツが気持ち悪ければ換えてくれても、手早さはサユリに敵わない。
もたもたして余計に子どもは不安になってしまう。
それはサユリがサトルにあまり育児をさせてこなかったことの報いとも言えた。
サトルがだまって見ていたことに、サユリはまた腹が立った。
「サトルは私を尊重したいと言ったけど、これじゃ私だけが悪者じゃない!サトルは子どもに注意をしないじゃない!下の子どもが、何事もなかったからよかったようなものの、もし何かあったらどうするの!?病院に行くと言ったって電話するのも受付するのも卯tれていくのも経過を話すのも、結局は全部私がしているじゃない!なぜいつも、そんなにおろおろしているだけなの?」
怒りは上の子へのものと、サトルへのものがまぜこぜになった。矛先も変わって安定しなくなった。
「なんで私を止めないのよ、私が子供たちを殺しちゃったら、どうするのよ!何か、なにかあったら、私はどうしたらいいかわからない!!」
サトルを責めたって仕方無い部分もあるし、サユリにだって目を離したという責任はある、そんな自責も手伝って、サユリの怒りの矛先は自分に向いた。
「いつも遠くから眺めていないで、たまには直面して!」
怒りというよりは願いのようになったが、これは声にはならなかった。
言ったら、全てが壊れるんじゃないかとサユリはなぜか思うのだ、なぜか。
サユリはその場に居ることがやはり辛くなって、その場を逃げ去るかのようにかばんを掴み、着のみ着のまま家を飛び出した。
サトルが伸ばした手を振り払い、止める声も聞かず、文字通り、飛び出した。
このままではあの子達を殺してしまう。
そんなことはしないけど、死んでしまうんじゃないか。
その気持ちから逃げるかのようでもあった。
ただただ、怖かった。
(続き)
気が付いたら、朝だった。
異常なまでに興奮した脳は、すっかり疲れ、途切れるように眠りに落ちたのだ。
すでに朝の10時を過ぎていた。
サトルは、休日の朝だというのに、朝早く出かけてしまったようで、いなかった。
会社の友人と出かける約束をした、と一昨日に言っていたのを思い出す。
ちょっと先に起きた子ども達のために食事を用意し、自分ものろのろと食卓の椅子に腰掛けた。
「ここを出て行く勇気があればいいのかな。そのほうがいいのかな。でも出て行ってどこに行けばいいのかな?子ども達のゴハンはどうするの?家出するならどのくらいお金を持っていけばいいのかな?あーあ。でも家を出ても結局探してくれないんだろうな、・・・前だってそうだったし」
以前、家を勢いで飛び出したときの事をサユリは思い出した。
子ども部屋に2段ベッドがある。
上の子どもは使うに十分な年なので上に寝ていたのだが、下の子はそれをうらやましがった。
それではしごを昇った。
昇って、達成感に浸ってみたが、そこに飽きてみて、降りられないと判った。
降りられないと判ってようやく、下の子は困った。
その間、サユリとサトルは、同じ階の台所で、片づけをしていた。
間に合わせの食器棚から、そろそろいらなくなったミルクビンを捨て、代わりに出したり掃除をしたりなどをしていた。
親が見えなくても、そばにいるのだから、声なり出して呼べばよかったものを、下の子はなぜか、呼ばなかった。お姉ちゃんが上がり下りしているのを自分も出来ないはずがないと確信していたのかもしれない。
しかし体の大きさ、足の長さ、運動機能、どれをとっても8歳の子どもと1歳後半の子どもでは違いすぎた。
下の子は、どすん、と音をたてて落ちた。
その間、上の子は、下の子と遊ぶのに飽きて、マンガを読んでいた。
はしごに登ったときには、大人を呼ぶように言ってはあったが、友達から借りたものに夢中で、同じように下の子がベッドの上で遊ぶことに夢中な様子を見て、呼ばなかったらしい。両親が、がさごそと動いている音を聞いて、安心していたのかもしれない。
落ちて、親が何事かと駆けてきてから、上の子は、下の子が落ちたのに、気が付いたようだった。
サユリは慌てて下の子を抱き上げ、様子を見た。
大声で泣いてはいるが、骨が折れて痛いのか、までは、まだ判らない。
しばらくしてみると、特に骨も折れておらず、頭を打っても居ず、落ちたのも上からではなく、途中真ん中あたりからのようだと知って、ほっとした。
しかし、そうなると、同時に腹も立つものだ。
「何故教えてくれなかったの」とサユリは上の子を問い詰めた。
上の子は、今までの育ちからくる暢気さと、親はいつも絶えず子どもを見ているものだという気持ちがあった。それだけサユリたちは、上の子をしっかりと見ていたのだ。
だから上の子が、他人を見る必要などないと思うところがあったのだろう。
そんな部分が、暢気で他人事のような、何が起こったのかわからない、そう、ことの重大さを判っていないような表情を見せた。
言い聞かせてもわからないの?
サユリはつい手を挙げた。
手を挙げて、上の子は驚いて身をすくめた。
注意された理屈が判ったからではない。自分が叩かれるという恐怖と驚きだ。そこから身を守るための反射だ。
叩かれても、上の子は、何が悪かったのか判らない、という顔をしていた。
その間、サトルは、離れて、だまってそれを見ていた。
サユリが下の子が泣いているのを抱きかかえ、おろおろしているときにも、上の子に今の出来事を言い聞かせて、それでも話が通らないと手を挙げたときでも、ただ見ていた。
それは、子どもが泣けばすぐ母親に渡してきた報いでもあった。
突然、何事かが起こればサトルには何も出来ないのだ。わかりきっていた。おなかが空けば、おっぱいを与えるために母親に連れてきてくれるし、オムツが気持ち悪ければ換えてくれても、手早さはサユリに敵わない。
もたもたして余計に子どもは不安になってしまう。
それはサユリがサトルにあまり育児をさせてこなかったことの報いとも言えた。
サトルがだまって見ていたことに、サユリはまた腹が立った。
「サトルは私を尊重したいと言ったけど、これじゃ私だけが悪者じゃない!サトルは子どもに注意をしないじゃない!下の子どもが、何事もなかったからよかったようなものの、もし何かあったらどうするの!?病院に行くと言ったって電話するのも受付するのも卯tれていくのも経過を話すのも、結局は全部私がしているじゃない!なぜいつも、そんなにおろおろしているだけなの?」
怒りは上の子へのものと、サトルへのものがまぜこぜになった。矛先も変わって安定しなくなった。
「なんで私を止めないのよ、私が子供たちを殺しちゃったら、どうするのよ!何か、なにかあったら、私はどうしたらいいかわからない!!」
サトルを責めたって仕方無い部分もあるし、サユリにだって目を離したという責任はある、そんな自責も手伝って、サユリの怒りの矛先は自分に向いた。
「いつも遠くから眺めていないで、たまには直面して!」
怒りというよりは願いのようになったが、これは声にはならなかった。
言ったら、全てが壊れるんじゃないかとサユリはなぜか思うのだ、なぜか。
サユリはその場に居ることがやはり辛くなって、その場を逃げ去るかのようにかばんを掴み、着のみ着のまま家を飛び出した。
サトルが伸ばした手を振り払い、止める声も聞かず、文字通り、飛び出した。
このままではあの子達を殺してしまう。
そんなことはしないけど、死んでしまうんじゃないか。
その気持ちから逃げるかのようでもあった。
ただただ、怖かった。
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