2008年10月19日(日)
専守防衛(9)
物語×41
(続く)
飛び出したものの、サユリには追いかけてきてくれるという自信があった。
だから、サトルが追いかけてきてくれたら、素直に戻ろうと思っていた。
とにかく、冷静にならなければ、そして今後はこんなことが起きないようにしなければ。
けれど、後を追ってくる気配はない。
足早でもなく、普通に歩いているのに、男の足が女の足を追いかけているのに、誰も来ない。
来ない、来ないと進んでいたら、バス亭があった。
そして、その前に着いたとき、ちょうどバスが来て、並んでいる人が居たものだからサユリは引きずられるようにそれに乗ってしまった。
バスに乗ったとて、行くあてはない。迎えに来る事を待っていたのだから。バスから電車に乗り換えても見たが、行き着く当ては思いつかない。
サユリの実家は遠く、兄弟親類もそばに居ない。
せいぜいホテルに2~3泊出来ればいいのかもしれないが、お金の類はもって出るのは忘れた。
なにせ、その場にあったものをひっつかんで出てきたのだから・・・。
行くところが無いと、人は、よく知っているところに行ってしまうらしい。
サユリは、たまに出かける大型スーパーのそばにいた。
たまに子ども達と来るファストフード店を見れば、相変わらず込んでいるし、その前に広がっている広場のようなところでは、お店が招いた新人バンドだか、プロの楽隊だかが、耳障りのいい音楽を鳴らしていた。家族連れや中のよさそうな恋人たち、友達どうしでにぎやかに楽しそうに歩いている姿を見て、その中でサユリが一人、もうすぐ来る夜をつれてくる闇のように、沈んで一人だった。
追ってくる気配もないなんて、やっぱりもう不要な人だ、見捨てられて当たり前だ。
あれだけ怒り散らして、家を飛び出したのだから自業自得だよね。
急に可笑しくなった。
子どもの頃から、私には、捨てられる話ばっかりだと可笑しくなった。
「橋の下から拾ってきたんだよ」
という母の冗談を思い出した。
幼稚園に入る前だったと思う。
でも、その頃には子どもなりの分別のようなものがすでにあって、それは嘘だとわかった。嘘とわかる冗談の付き方でもあった。
だけど、あまりにもそれを繰り返すので、娘は、学びたての言葉を使って対抗した。
「毒キノコ食べて死んでやる!」
色鮮やかな赤いきのこ、魔女のきのこのイメージ、白雪姫の毒リンゴ・・・、頭のなかにそういうイメージがあって自分なりに悲壮感があった。
死ぬとは何かわからない。
だけど、死ぬことは悲しいことだとサユリは感じていた。
ただ、母に悲しい気持ちだといいたかっただけなのかもしれない。
だが、それを言ったら、母は大笑いした。
笑われるシーンではないと思っていたから、仰天した。
使いたての言葉で判ったようなことを言っていると思ったのかもしれない。
だけれど、私は橋の下から拾ってきた、という言い方は、なんかいやだったのよ。
その笑い声と、面白いこというねぇ、という母の言葉は未だ耳の奥に焼き付いて痕になった。
「まあ、いいか・・・子ども二人産んで、家を存続させるにはもう十分やったし。サトルは優しい人であるのは間違いないし。子ども達もうるさい母親なんて、こんなすぐに冷静さを失うような母親なんて要らないだろう。私より、義母さんのゴハンのほうが、子ども達はよく食べるような気がするし、おいしいし。」
「でも、どこにいけばいいんだろう?」
私は今までいったい、何をしてきたのかと途方にくれた。
人を騙すでもなく、自分の親に仕え、夫に仕え、子どもに仕え、いやなことは皆私任せ。誰かの役に立っているのだか、たって居ないのだかわからない。
存在が無意味に思えた。
やりきれなくなって、視線は下のほうにむいた。
視線の行った足元のそばに、「献血」の2文字があった。
血液が足りません、の案内板があるのを見て、短絡的に、どうせ死ぬなら誰かの役に立ってからと、漠然と思ったらしい。この期に及んでもまだ役に立ちたいと願っている。
今から思えば、バカだと思う。
(続き)
飛び出したものの、サユリには追いかけてきてくれるという自信があった。
だから、サトルが追いかけてきてくれたら、素直に戻ろうと思っていた。
とにかく、冷静にならなければ、そして今後はこんなことが起きないようにしなければ。
けれど、後を追ってくる気配はない。
足早でもなく、普通に歩いているのに、男の足が女の足を追いかけているのに、誰も来ない。
来ない、来ないと進んでいたら、バス亭があった。
そして、その前に着いたとき、ちょうどバスが来て、並んでいる人が居たものだからサユリは引きずられるようにそれに乗ってしまった。
バスに乗ったとて、行くあてはない。迎えに来る事を待っていたのだから。バスから電車に乗り換えても見たが、行き着く当ては思いつかない。
サユリの実家は遠く、兄弟親類もそばに居ない。
せいぜいホテルに2~3泊出来ればいいのかもしれないが、お金の類はもって出るのは忘れた。
なにせ、その場にあったものをひっつかんで出てきたのだから・・・。
行くところが無いと、人は、よく知っているところに行ってしまうらしい。
サユリは、たまに出かける大型スーパーのそばにいた。
たまに子ども達と来るファストフード店を見れば、相変わらず込んでいるし、その前に広がっている広場のようなところでは、お店が招いた新人バンドだか、プロの楽隊だかが、耳障りのいい音楽を鳴らしていた。家族連れや中のよさそうな恋人たち、友達どうしでにぎやかに楽しそうに歩いている姿を見て、その中でサユリが一人、もうすぐ来る夜をつれてくる闇のように、沈んで一人だった。
追ってくる気配もないなんて、やっぱりもう不要な人だ、見捨てられて当たり前だ。
あれだけ怒り散らして、家を飛び出したのだから自業自得だよね。
急に可笑しくなった。
子どもの頃から、私には、捨てられる話ばっかりだと可笑しくなった。
「橋の下から拾ってきたんだよ」
という母の冗談を思い出した。
幼稚園に入る前だったと思う。
でも、その頃には子どもなりの分別のようなものがすでにあって、それは嘘だとわかった。嘘とわかる冗談の付き方でもあった。
だけど、あまりにもそれを繰り返すので、娘は、学びたての言葉を使って対抗した。
「毒キノコ食べて死んでやる!」
色鮮やかな赤いきのこ、魔女のきのこのイメージ、白雪姫の毒リンゴ・・・、頭のなかにそういうイメージがあって自分なりに悲壮感があった。
死ぬとは何かわからない。
だけど、死ぬことは悲しいことだとサユリは感じていた。
ただ、母に悲しい気持ちだといいたかっただけなのかもしれない。
だが、それを言ったら、母は大笑いした。
笑われるシーンではないと思っていたから、仰天した。
使いたての言葉で判ったようなことを言っていると思ったのかもしれない。
だけれど、私は橋の下から拾ってきた、という言い方は、なんかいやだったのよ。
その笑い声と、面白いこというねぇ、という母の言葉は未だ耳の奥に焼き付いて痕になった。
「まあ、いいか・・・子ども二人産んで、家を存続させるにはもう十分やったし。サトルは優しい人であるのは間違いないし。子ども達もうるさい母親なんて、こんなすぐに冷静さを失うような母親なんて要らないだろう。私より、義母さんのゴハンのほうが、子ども達はよく食べるような気がするし、おいしいし。」
「でも、どこにいけばいいんだろう?」
私は今までいったい、何をしてきたのかと途方にくれた。
人を騙すでもなく、自分の親に仕え、夫に仕え、子どもに仕え、いやなことは皆私任せ。誰かの役に立っているのだか、たって居ないのだかわからない。
存在が無意味に思えた。
やりきれなくなって、視線は下のほうにむいた。
視線の行った足元のそばに、「献血」の2文字があった。
血液が足りません、の案内板があるのを見て、短絡的に、どうせ死ぬなら誰かの役に立ってからと、漠然と思ったらしい。この期に及んでもまだ役に立ちたいと願っている。
今から思えば、バカだと思う。
(続き)
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