2008年10月21日(火)
専守防衛(10)
物語×41
(続く)
足が向いた献血所は、綺麗なところだと思った。
白い壁、桜色のカーテン。20畳くらいの部屋にリクライニングのできる、ゆったりとしたすわり心地の出来そうな椅子がたくさんあった。
大勢の人もいた。
こんなに献血する人がいるのに、足りないなんて・・・どこで血液はなくなっているのだろうかと思った。
サユリは、以前、一度献血をしたことはあった。
だが、体質的に向いておらず、すぐ貧血を起こしてそのときは100CCにも満たない量で止められてしまった。
その話はしないでおいた。
お産の時1リットル出血したって死ななかったのだから、献血くらいで死ぬわけはない。もう大丈夫だと思い込んでいた。それに貧血を起こしたあの頃と今とでは体格も違うし、とも考えた。
「400CC献血がたりないので、お願いしたいところなのですけれど」
まよわずそれを選んだ。
献血が終わったあと、どこに行こうか、ということも頭になかった。
ただ今は血を抜くだけだ。
サユリはリクライニングの利いた椅子に座り、てきぱきと血を抜く準備を始めた看護師を眺めた。
血液は細いチューブを伝ってビニールの袋に少しづつ溜まり始めた。
献血の血の色は、血液検査のときの血と違い、鮮烈な美しい赤。サユリはビニールに光が反射した光の加減も手伝って、赤いうるしが入っているのかと思った。
こんな綺麗な真っ赤な赤色が増えていくのを見て、自分の体にもちゃんと、こんな綺麗な血が流れているのだと、不思議な気持ちになった。
毎月見る血は、鉄錆びのような暗い色。
血液検査の血は、黒くなりかけた、どす黒い色。
80CCを抜いたところで、不思議な気持ちは不快な感じになった。目の前がちかちかして、頭が重たい。
意識が遠くなる感じがする。
すみません、ちょっと頭が痛いのでもう少しリクライニングを倒してください、寝かせてくださいと、経過を観察にくる看護師に告げた。
看護師は、サユリの顔を見て、あわてて針を縫いた。
「まだ大丈夫ですよ、もすこし椅子を平らにしてくれれば」
その言葉はやんわり返された。
役に立ちたいから、こんなに綺麗な血なのだから、「400抜けなかったら、ムダになるから抜いてください」とまで言ってしまった。
サユリの、献血に向いていない体質は変わっていなかったのだ。
今から考えても、本当にバカだと思ってサユリは苦笑した。
針を抜いて医師が再度診察をする。献血前と献血後の医師の様子が違うのを見て、サユリはようやく、状況がかなりやばかったらしいと気がついた。
医師も看護師も、繰り返し、繰り返し、住所を聞き、家に帰るよう、迎えに来る人はいるかと聞いた。かなり心配だったのだろう。
そうなっては、サユリは家にかえるより他になかった。
電話をしたら、困憊したサトルの声が聞こえた。
そのまま、また逃げようかと思ったが、献血はその気力も体力もそいだ。
もうどうなってもいいやと思っているのに、いざとなると、生きたい気持ちだけは残っていたらしい。サトルが迎えに来、サユリは黙ったまま連れられて家に戻った。
ほんの4時間程度の家出だった。
後から聞いた話では、サトルは下の子を背負って自転車で追いかけてはきたらしい。
まさか、バスに乗ったとは思わなかった、とぽつりと漏らした。
サトルにとって、サユリは思いもかけない行動をする不可解な生き物なのだろう。
その距離は今後もずっと埋まることはないのだろうか。
(続く)
足が向いた献血所は、綺麗なところだと思った。
白い壁、桜色のカーテン。20畳くらいの部屋にリクライニングのできる、ゆったりとしたすわり心地の出来そうな椅子がたくさんあった。
大勢の人もいた。
こんなに献血する人がいるのに、足りないなんて・・・どこで血液はなくなっているのだろうかと思った。
サユリは、以前、一度献血をしたことはあった。
だが、体質的に向いておらず、すぐ貧血を起こしてそのときは100CCにも満たない量で止められてしまった。
その話はしないでおいた。
お産の時1リットル出血したって死ななかったのだから、献血くらいで死ぬわけはない。もう大丈夫だと思い込んでいた。それに貧血を起こしたあの頃と今とでは体格も違うし、とも考えた。
「400CC献血がたりないので、お願いしたいところなのですけれど」
まよわずそれを選んだ。
献血が終わったあと、どこに行こうか、ということも頭になかった。
ただ今は血を抜くだけだ。
サユリはリクライニングの利いた椅子に座り、てきぱきと血を抜く準備を始めた看護師を眺めた。
血液は細いチューブを伝ってビニールの袋に少しづつ溜まり始めた。
献血の血の色は、血液検査のときの血と違い、鮮烈な美しい赤。サユリはビニールに光が反射した光の加減も手伝って、赤いうるしが入っているのかと思った。
こんな綺麗な真っ赤な赤色が増えていくのを見て、自分の体にもちゃんと、こんな綺麗な血が流れているのだと、不思議な気持ちになった。
毎月見る血は、鉄錆びのような暗い色。
血液検査の血は、黒くなりかけた、どす黒い色。
80CCを抜いたところで、不思議な気持ちは不快な感じになった。目の前がちかちかして、頭が重たい。
意識が遠くなる感じがする。
すみません、ちょっと頭が痛いのでもう少しリクライニングを倒してください、寝かせてくださいと、経過を観察にくる看護師に告げた。
看護師は、サユリの顔を見て、あわてて針を縫いた。
「まだ大丈夫ですよ、もすこし椅子を平らにしてくれれば」
その言葉はやんわり返された。
役に立ちたいから、こんなに綺麗な血なのだから、「400抜けなかったら、ムダになるから抜いてください」とまで言ってしまった。
サユリの、献血に向いていない体質は変わっていなかったのだ。
今から考えても、本当にバカだと思ってサユリは苦笑した。
針を抜いて医師が再度診察をする。献血前と献血後の医師の様子が違うのを見て、サユリはようやく、状況がかなりやばかったらしいと気がついた。
医師も看護師も、繰り返し、繰り返し、住所を聞き、家に帰るよう、迎えに来る人はいるかと聞いた。かなり心配だったのだろう。
そうなっては、サユリは家にかえるより他になかった。
電話をしたら、困憊したサトルの声が聞こえた。
そのまま、また逃げようかと思ったが、献血はその気力も体力もそいだ。
もうどうなってもいいやと思っているのに、いざとなると、生きたい気持ちだけは残っていたらしい。サトルが迎えに来、サユリは黙ったまま連れられて家に戻った。
ほんの4時間程度の家出だった。
後から聞いた話では、サトルは下の子を背負って自転車で追いかけてはきたらしい。
まさか、バスに乗ったとは思わなかった、とぽつりと漏らした。
サトルにとって、サユリは思いもかけない行動をする不可解な生き物なのだろう。
その距離は今後もずっと埋まることはないのだろうか。
(続く)
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