20081023(木)

専守防衛(11)

物語×41

(続き)

子どもに用意したものとおなじ物をゆっくり食べている間にその番組が終わった。同時に子ども達の興味はニンテンドーDSの通信対戦ゲームに移り、遊び始めたので、サユリはチャンネルを変えた。

テレビのチャンネル権など、サユリにはもう滅多になかった。誰かと一緒に見れば楽しいし、特に見たいと思うものも無かった。
サトルは都会の男性にありがちなザッピングを煩雑にして、「あっそれ見てたのに・・・」ということが多く、すぐに戻してはくれるのだけど、そうなると、自分はどこかつまらないことにこだわっているような気がしてくるのだ。

そこにあるのを見ているだけでも聞いているだけでも結構楽しい。そばの人と笑いのツボが同じならもっとうれしいし、可笑しい。それでよかった。


いくつかチャンネルをめぐっていると、とうに故人となった、ある実力派俳優の特集番組をやっていて、そこでサユリはチャンネルを止めた。

珍しく惹かれたのだった。

コメディアン出身で、それでいて、下積みがあり確かな演技力を持ち、下駄のような顔をした下町のヒーローとなった俳優。ガンで亡くなった方だ。その彼が若い頃、風化しつつある戦争を思い返す映画の主役を演じたことがあるという。
「戦争があって、その悲惨さを乗り越えながら生きる底辺の人たちをうまく演じた」と、評されていた。

「戦争のひどさもさることながら、戦争の後の酷さはもっと酷かった。一体誰がこんな風にしたんだ」
その俳優に脚本を書いた人の言葉が耳に入って、サユリはそこに気持ちを吸い取られた気がした。

この、私たちの今の状態も戦争といえば言えるかもしれない。
家の中にいてもただ考えが堂々巡りをするだけ。
重苦しい言葉にのみこまれまいと、サユリは子ども達に声を掛けた。

「買い物に行くけど、一緒に行く?」


子ども達は付いて来なかった。
夕べから母親の機嫌がわるい事は承知なのだ。
一緒にいって機嫌をとること、一緒に行かないで機嫌を取らないこと、どちらでも、母の気持ちは同じように平らかになってくれるなら、行かないほうがいいのだ。

サユリだってそれは同じだ。付いて来られて、アレが欲しいコレが欲しい、ああしてこうして、アレ食べたいコレ食べたいが始まれば、気持ちでは負担がますだけなのだから。

お互いにお互いを傷つけないように、距離をとるのが一番心地よかった。

とはいえ、子どもだけで家に置いておくのもやっぱり心配なので、サユリは近所のスーパーに行った。
以前買い換えた冷蔵庫は、3人で居る分には十分な大きさだったけど、4人になって食べ盛りになってくるとやっぱり足りなくて、結構頻繁に食材を買いに行かなければならなかった。特にその家のあるところから、歩いていけるところは、ないので手間だった。

以前の暮らしが便利すぎて、ここは本当に不便だなとまた思わされた。

「今晩のおかずは何にしようかな、あの子達、シューマイ好きだからそれでも作ろうかな?でもひき肉ならハンバーグのほうが好きかな?あっそういえばヨーグルト食べたいって一昨日言ってたっけ。ほかには、モヤシサラダにしましょうか。」

その他に、お米を研がなくちゃとか、昨日雨で完全に乾かなかった洗濯物は部屋干しで乾いたかしらと思ったりもする。

今日はサトルとケンカの真っ最中なので、さすがにサトルのことは頭に浮かばないが、そうでないときは、子ども達のほかに、サトルの好みや季節の旬の食材や、大好きな甘いものなんかを考えて皆でほおばる姿を思い浮かべながら、買い物をする。

頭の中でこんな会話をどれほど繰り返してきたろう。


乳製品の売り場で、子ども達の大好きなブランドを探していると、子どもの泣き声が近づいてきた。
ぐずぐずと泣いている3歳くらいの女の子が、カートを押すお母さんの横に並んで歩いている。後ろを通ったので、耳を澄ませてみれば、女の子はカートのなかに入れたお菓子が気に入らないらしい。

「そぇ、ちあうの」
「それでいいって自分がいったでしょ」
「でも違うのがいいの」
「なんでなの、自分で取ったんでしょ」

お母さんはカートを押しながら、半分怒声、半分呆れ声の大きな声になった。そして通りがかったのと同じように泣いたままとおりすぎて、乳製品売り場から、右となりの清涼飲料水の場所に移動して行った。

「あらら、なんだか泣いているとかわいそうになっちゃうなあ、あのお母さんはあのままレジに並ぶのかしら?」
その瞬間、ふと、あることに気が付いた。

(続く)






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