2008年10月25日(土)
専守防衛(13)
物語×41
“ | 長い間お付き合いくださいましてありがとうございました。 ようやく終章です。 |
(続き)
―モッパラ他カラノ侵入・奪取ヲ防ギ守ル事ヲ守ル―\r
言葉が突然つながった。
頭の中でたくさん考えた後だったり、本をたくさん読んだあとに感じる、なにかの糸がつながったような感覚とよく似ていた。
自分にとって誰が一番大切か、それは自分である。
それは古代の昔から変わらない真理だろう。
自分が思うからこそ、自分がいるのだという哲学もある。
逆に言えば、自分が思うことを失うのは、自分が消失することでもある。
鏡がある。鏡は光を反射することで、そこにある物質の姿を写す。だから肉体は見ることが出来る。それで、存在がわかる。
では心をうつす鏡はどこにあるのか?
体を写しても、それを認知できなければ、それは無に匹敵するのではないか?
肉の体と、その体のもつ心、認知覚があってこそ、自分であるといえよう。
「他からの侵入・奪取とは、ねじけた打ちひしがれた思いだ。それらが弱々しく入り込んできた後、あっというまに広がることだ。
防ぎ守るとは、そういった思いから惨めな境遇を作り出し、自分に価値がないと思わせるようなことをしないようにすることだ。
もっぱら守るとは、くじけることがないよう、自分を律し守るということだ。」
自分を律するために、関わりを持ったり、反対に距離を置いたりすることは、大切なことだと、サユリは思っている。
あれだけ言っても、せっついても、こっちが理解をしようとしても、やはりサユリはどこかで怖がっていたのだろう。表面上はうまく言っている、と自分を騙してきただけかもしれない。自分を騙しているということは、相手も騙していることかもしれない。
表面上だけでもいい相手なら、それでもいい。
でもそれでサトルと一生やっていけるのか?
最後には、「あなたは私の気持ちに全く感じなかった」と責めて終わりたいだけなのではないか?
それで自分は幸せなのか?
最後にその復讐をするために、今こうやって耐えている、もしかすると耐えているふりをしているのではないか?
自分が先に死ぬならともかく、もし相手が先に先に死んだらどうなるのだ?
その後の人生は、ずっと惨めなままではないのか?
憎しみを抱えたままで生き残って、また新しい憎しみを生むだけではないのか?
そんなのは、嫌だと思った。
戦争に負けた直後の日本のように、ギブミーチョコレートと物乞いし、体を売り、強いものにまかれ。
それでいい人はいいけれど、私は嫌だ。
惨めさや不幸を抱えたまま生きるのは嫌だ。
相手にバカにしながらされながら、ナイフで互いに斬り合いながらいるのは嫌だ。
互いにきりあうことが出来るならいい。
でもそれすらもできず、ただ一方的に耐えさせられるなんて真っ平ゴメンだ。
圧倒的な力の差を見せ付けて、それをちらつかせられながら、それに怯えながらいるのなら、せめて一矢報いたい。
実際に報わなくても、それができるという気概だけは備えたい。
実際、大人しく無難に過ごそうと思っても、生きるのが辛くなるほど苦しいときがあった。回避しようとしても見事に、敵意をもって回りこまれてしまったこともある。
そのとき何もいえなかった。
でも、あの時毅然と退けていれば、その災いは退けられたかもしれないのに。
「私は、ちゃんとやってきたつもりだけど、きちんと向き合ってこなかったのかもしれない、うまくやろう、回避しよう、真っ向から行くのを避けよう、そんなことばかりだったのかもしれない」
幾分反省色も濃くなり、買い物を済ませて家に戻ったら、サトルの使っている車はすでに戻っていた。
ただいまも言わず、家に入り、さらに二階に上がる。
「あなたお話があります。私はいろいろ考えたけれど、結局この小さな張り出しがあるのはもう耐えられません。切ってもいいですか?」
「おかえり。僕は君の話を聞いて、その張り出しが思った以上に負担になっているとやっと判ったよ。今まで、綺麗にしたいと思っていたから切りたいということを無視していたけど、もう無視は出来ない。」
同時だった。
長かった分サトルの言葉が残った。
「・・・確かに、今は新しく買い物をするのは大きな負担だし、子ども達のための蓄えだって必要だ。ここの余分のために生まれた、それをなんとかしのぐ余分は、残念ながら無い。だから、僕はここを切って、君を残す」
それから一週間経った。
家を建てた工務店のアフターサービスの者が来た。同じ日に二人で電話したので、慌てて飛んできたようにも見えて思わず苦笑した。
木屑が飛ぶからと台所全てにビニールを張り巡らせ、簡単な養生を済ませると、用意された電気ノコギリのスイッチが入れられた。モーターの回転する大きな音の後に、甲高い声の、いやな耳障りの鋭い音が聞こえてきた。
顔をしかめないではいられないほど、いやな音だった。
切り落とされた断面は刃の回転するときに生じる熱で黒くこげた。サンドペーパーでこすり、なんとか目立たないようになったが、今までのようなニスのかかった磨き上げられた側面は無残な姿になった。
それでも二人は、特にサユリは満足だった。
何を切って何を残すかは人によって違うだろう。
もしかしたら、あのまますれ違いながらいたかもしれない。
でもサユリが望んだのはサトルそのもので、サトルはサユリそのもの。最後までお互いを理解しようとし、自分に正直になって相手と関わろうとした。最後にはそこを曲げることなくただ真剣勝負した。
専守防衛。
ひたすらに自分をおびやかすものから最大限自分を守ったうえで、最大限の利益を、相手と一緒に得る。
これが二人の専守防衛。
・・・ということにしておこう。(笑)
(終)
―モッパラ他カラノ侵入・奪取ヲ防ギ守ル事ヲ守ル―\r
言葉が突然つながった。
頭の中でたくさん考えた後だったり、本をたくさん読んだあとに感じる、なにかの糸がつながったような感覚とよく似ていた。
自分にとって誰が一番大切か、それは自分である。
それは古代の昔から変わらない真理だろう。
自分が思うからこそ、自分がいるのだという哲学もある。
逆に言えば、自分が思うことを失うのは、自分が消失することでもある。
鏡がある。鏡は光を反射することで、そこにある物質の姿を写す。だから肉体は見ることが出来る。それで、存在がわかる。
では心をうつす鏡はどこにあるのか?
体を写しても、それを認知できなければ、それは無に匹敵するのではないか?
肉の体と、その体のもつ心、認知覚があってこそ、自分であるといえよう。
「他からの侵入・奪取とは、ねじけた打ちひしがれた思いだ。それらが弱々しく入り込んできた後、あっというまに広がることだ。
防ぎ守るとは、そういった思いから惨めな境遇を作り出し、自分に価値がないと思わせるようなことをしないようにすることだ。
もっぱら守るとは、くじけることがないよう、自分を律し守るということだ。」
自分を律するために、関わりを持ったり、反対に距離を置いたりすることは、大切なことだと、サユリは思っている。
あれだけ言っても、せっついても、こっちが理解をしようとしても、やはりサユリはどこかで怖がっていたのだろう。表面上はうまく言っている、と自分を騙してきただけかもしれない。自分を騙しているということは、相手も騙していることかもしれない。
表面上だけでもいい相手なら、それでもいい。
でもそれでサトルと一生やっていけるのか?
最後には、「あなたは私の気持ちに全く感じなかった」と責めて終わりたいだけなのではないか?
それで自分は幸せなのか?
最後にその復讐をするために、今こうやって耐えている、もしかすると耐えているふりをしているのではないか?
自分が先に死ぬならともかく、もし相手が先に先に死んだらどうなるのだ?
その後の人生は、ずっと惨めなままではないのか?
憎しみを抱えたままで生き残って、また新しい憎しみを生むだけではないのか?
そんなのは、嫌だと思った。
戦争に負けた直後の日本のように、ギブミーチョコレートと物乞いし、体を売り、強いものにまかれ。
それでいい人はいいけれど、私は嫌だ。
惨めさや不幸を抱えたまま生きるのは嫌だ。
相手にバカにしながらされながら、ナイフで互いに斬り合いながらいるのは嫌だ。
互いにきりあうことが出来るならいい。
でもそれすらもできず、ただ一方的に耐えさせられるなんて真っ平ゴメンだ。
圧倒的な力の差を見せ付けて、それをちらつかせられながら、それに怯えながらいるのなら、せめて一矢報いたい。
実際に報わなくても、それができるという気概だけは備えたい。
実際、大人しく無難に過ごそうと思っても、生きるのが辛くなるほど苦しいときがあった。回避しようとしても見事に、敵意をもって回りこまれてしまったこともある。
そのとき何もいえなかった。
でも、あの時毅然と退けていれば、その災いは退けられたかもしれないのに。
「私は、ちゃんとやってきたつもりだけど、きちんと向き合ってこなかったのかもしれない、うまくやろう、回避しよう、真っ向から行くのを避けよう、そんなことばかりだったのかもしれない」
幾分反省色も濃くなり、買い物を済ませて家に戻ったら、サトルの使っている車はすでに戻っていた。
ただいまも言わず、家に入り、さらに二階に上がる。
「あなたお話があります。私はいろいろ考えたけれど、結局この小さな張り出しがあるのはもう耐えられません。切ってもいいですか?」
「おかえり。僕は君の話を聞いて、その張り出しが思った以上に負担になっているとやっと判ったよ。今まで、綺麗にしたいと思っていたから切りたいということを無視していたけど、もう無視は出来ない。」
同時だった。
長かった分サトルの言葉が残った。
「・・・確かに、今は新しく買い物をするのは大きな負担だし、子ども達のための蓄えだって必要だ。ここの余分のために生まれた、それをなんとかしのぐ余分は、残念ながら無い。だから、僕はここを切って、君を残す」
それから一週間経った。
家を建てた工務店のアフターサービスの者が来た。同じ日に二人で電話したので、慌てて飛んできたようにも見えて思わず苦笑した。
木屑が飛ぶからと台所全てにビニールを張り巡らせ、簡単な養生を済ませると、用意された電気ノコギリのスイッチが入れられた。モーターの回転する大きな音の後に、甲高い声の、いやな耳障りの鋭い音が聞こえてきた。
顔をしかめないではいられないほど、いやな音だった。
切り落とされた断面は刃の回転するときに生じる熱で黒くこげた。サンドペーパーでこすり、なんとか目立たないようになったが、今までのようなニスのかかった磨き上げられた側面は無残な姿になった。
それでも二人は、特にサユリは満足だった。
何を切って何を残すかは人によって違うだろう。
もしかしたら、あのまますれ違いながらいたかもしれない。
でもサユリが望んだのはサトルそのもので、サトルはサユリそのもの。最後までお互いを理解しようとし、自分に正直になって相手と関わろうとした。最後にはそこを曲げることなくただ真剣勝負した。
専守防衛。
ひたすらに自分をおびやかすものから最大限自分を守ったうえで、最大限の利益を、相手と一緒に得る。
これが二人の専守防衛。
・・・ということにしておこう。(笑)
(終)
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