200914(日)

枯(3)

物語×41

2009.1.15記録)
お話のなかに破砕血という単語が出てまいりますが、破綻出血の間違いです。

大変失礼いたしました。
(続き)

 二回目の来院のとき答えはすぐに出た。

「ええとね。これは」

 一旦記憶の底まで戻ったハルは、聞こえてきた先生のことばで現実に浮上した。

「血液検査の結果で診るとね、君、卵巣の働きが弱くなっているよ。これは破砕血といって、排卵を促すホルモンが少なくなっておこるんだ。排卵ホルモンが少ないといちいち卵巣を傷付けながら卵子が出てこようとするんだよ。ひんぱんにある出血はそのせいだ。」

 諭すような優しい口調だ。

「あなた、いくつだった?」

こないだも聞かれたのに、と思いながらハルはまた、答えた。

「そうか、じゃあ、ホルモンが減ってしまうには、ずいぶん早い。まだ若い、いや、若すぎるよ。人生が80年の時代、今はね、できるだけ閉経を遅くしているんだよ。ホルモン投与をしたりして。君はようやく人生を折り返したばかりなのに。」
「・・・可哀想だ。ずいぶん可哀想だ」

 可哀想だといわれて、ハルはぐっと胸を締め付けられる思いがし、目頭がじんじんしてきた。

「一体何があったの?」

 そんな質問を受けても、ハルは上手に答えられない。ただ、初診のときと同じように、いろいろあったんだと思います、と答えるのが精一杯だった。

「義親と同居かい?」
「はい。でも特にもめたこともないですし、とてもよくしてもらっています。」
「仕事はしているのかい?」
「はい・・・多分そっちのほうだと思います。いろいろあったから・・・」

 精神科ではないので、あまり話せない。どこから話せばいいのかもわからない。
 ハルは気持ちが動揺してくるのがよく判っていたが、今は自分で自分を納得させるしかない。

「あなた、結構白髪が多いよね。いつごろから白髪が目立つようになった?」
「30過ぎ頃からぽつぽつとはありましたけど、昨年の暮れ頃に、ずいぶん増えたなと感じました」

 祖母も母も白髪が出るのは早かった。だから気にもしていなかった。むしろ白髪になるものは薄くならないといわれて、よかったと思っていた。
 祖母の綺麗に色の抜けた白い髪。それにハルは子供の頃、とてもとても憧れていた。だから白髪が増えたのはどこか嬉しかった。真っ白になる日を夢見ていたかもしれない。
 だが、今から思えば、それは歪みでしか、ない。
 若いふくよかな、きれいな顔のまま白髪になるのではないのだ。おそらくそのころの祖母の年は70間近だったはずだったから。

 白髪が増えたのは、仕事のせいだと確信していた。

「卵巣の働きが弱くなるとね、白髪が増えるんだよ。それからゆっくり老化して、腰が曲がって、顔の脂肪も落ちて皺だらけで、よぼよぼになっちゃう。」
先生はそう言って笑った。

 いくつになっても女性には若々しく綺麗でいて欲しいし、またいるべきだと先生は願っているのだろう。だからそんなことを言っているのだろう。

 でも今のハルには残酷な言葉だった。

 まるで脅されているかのようだ。
 その若々しく綺麗なこと、本当の年齢よりずっとずっと若く綺麗に見えることが、ハルを苦しめてきた原因のひとつでもあったのだから。
 もちろんハルはそれを直に聞いたわけじゃない。だけど、言われたことされたこと、その他のことをすりあわせてみれば、それ以外には理由は見つからないのもまた事実だ。

 先生の言葉もそぞろに、ハルは、こないだ辞めた職場の事をまた思い返していた。
 電車で1時間かけて通っている今の新しい職場ではなく、その4ヶ月ほど前に務めていた、職場のこと。

 その職場で見聞きしたこと、されたことを、ハルは未だに受け止めきれない。ちょっとでも思い出せば、何故あんなことに会ったのか、自分はなぜそうまでされなければならなかったのか、どうしてそこに居たのか、根底から混乱してくる。

 混乱しているということは、感情や行動も、自分が考えているような動きは出来ないということだ。一貫していない矛盾。それに耐えてきたはずなのに、ちょっと思い出しただけでも背筋に悪寒が走る。

 言えるのは、ハルは「彼女達と二度と会いたくない」ということだけだ。

(続く)






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