2009年1月7日(水)
枯(6)
物語×41
(続き)
ここでハルが一番最初に指導を受けたのは、名前付けだった。それは商品をお買い上げいただいたサービスの一環として行なわれるもので、お金にはならなかったが、商品の付加価値を上げるものとして重要なものだったようだ。
身を守る防具は、硬い。今はウレタンなどを圧縮しているが、古来のやりかたでは布をたくさん重ねて厚みを持たせ、刺し子をして丈夫にする。だから値段の張るものほど硬い傾向があり、名前を付けるために刺す針が曲がったり折れたりするのに気をつけねばならなかった。
ハルは連続3日間、練習用に渡されたものと格闘して、4日目からは、本番として名前を付けるように言われ、付けた。時間はかかったが、一つ一つリーダーに見せて、具合などを確かめた。だが、そのときはまだお互いに普通だった、と思う。
そして6日目。
ハルもリーダーも、
「これはきれいに出来た」
というものがあった。硬い素材の高級品だったから、時間より丁寧さを取って頑張ってみた。その日は、たまたま社長が作業場を覗きに来て、その仕事がたまたま目に付いたらしい。
社長はしげしげと見て、一言、
「お、綺麗だ」
と言った。
たいていの人は、引きが甘い、針目が悪いといわれたらしいが、ハルは褒められた。褒められれば誰だって嬉しい。もちろん仕事なのだから。思わずよかったと安心した。
そのままだったら、ハルはみんなから妬まれても仕方が無いかもしれない。
けれど、その後に社長は聞いた。
「何分でつけたんだ」
「20分です」
20分と言っても、片方だけをつけた時間ではない。両方だ。
「20分!こんなの5分でつけなくちゃダメだよ、じゃないとお金にならないよ!」
おそらく社長は、片方の時間だけだと思ったのだとは思うけれど。
ハルはそれでひるんだ。困った表情になったのかもしれない。実際に一週間やそこらで経験者と同じ高みを示されても困る。これから頑張っていくとしても、どのくらいでそうなるかすら、見当もつかないのだ。
社長はそれを見て取って、
「もちろん慣れたら、ね」
と付け加えた。
しかし驚いたのも事実で、ハルは思わずリーダーに聞いた。
「みんな5分でつけてしまうんですか」
「5分でつけられるならね~・・・・」
5分でつけられるなら。
言われた言葉はなんだったろう。でもハルは、決してフォローをされたのではないと、感じた。
「針使える人でよかったと思ったのに」
リーダーは落胆したような言葉を言った。
社長になのか、それともハルになのか、そこまではわからなかった。
家族経営の小さな会社。といっても、株式会社なのだ。立ち上げてから今まで、社長がどのくらい仕事の鬼となっていたか、かつて男社会のど真ん中で働いていたハルには、なんとなくだけどわかる気がした。
気がしただけなので、実際には誰にも言ってはいない。
並大抵のことではなかったはずだ。理不尽に頭を下げる苦労、無理にこたえなければならない苦労。
男社会で働いていたのはアキさんも同じだった。長いこと建築図面を引いてきた。ずっと図面を引いてきたのだが、お姑さんが寝たきりになったので介護をすることになり、その仕事はやめたと聞いた。
他の皆はどんなことをしていたか知らない。
ただ、アキさんとハルは仕事への挑み方が明らかに違った。もくもくと淡々と仕事をする。アキさんもハルも仕事には段取りと経験が必要だと知っていた。ただハルには、この仕事の経験はない。だが経験は少しづつ溜まっていくものだ。
ハルの待遇をもっと悪くしてしまったのは、ハルの見た目の可愛らしさだった。
物言いの大人しさ、うるさくなさ、仕事への熱意。そんなこんなもあって、社長に気に入られるたらしく、
「ハルちゃん」
と呼ばれるようになった。
もちろん、それにハルは、甘えはしなかった。
「以前は揃って『「おばさん方』」と呼んでいたのに、若い人が入ってきて、社長も嬉しいのかしらね。」
70間近のパート女性からそう聞いたのは、リーダーとハルヨが揃って子ども達の行事で居ない日のことだった。
ハルは、自分がリーダーより上だと何回も言わなければならなかった。
おばさんと言ってもらって、同じであると思って欲しかったから。
(続く)
ここでハルが一番最初に指導を受けたのは、名前付けだった。それは商品をお買い上げいただいたサービスの一環として行なわれるもので、お金にはならなかったが、商品の付加価値を上げるものとして重要なものだったようだ。
身を守る防具は、硬い。今はウレタンなどを圧縮しているが、古来のやりかたでは布をたくさん重ねて厚みを持たせ、刺し子をして丈夫にする。だから値段の張るものほど硬い傾向があり、名前を付けるために刺す針が曲がったり折れたりするのに気をつけねばならなかった。
ハルは連続3日間、練習用に渡されたものと格闘して、4日目からは、本番として名前を付けるように言われ、付けた。時間はかかったが、一つ一つリーダーに見せて、具合などを確かめた。だが、そのときはまだお互いに普通だった、と思う。
そして6日目。
ハルもリーダーも、
「これはきれいに出来た」
というものがあった。硬い素材の高級品だったから、時間より丁寧さを取って頑張ってみた。その日は、たまたま社長が作業場を覗きに来て、その仕事がたまたま目に付いたらしい。
社長はしげしげと見て、一言、
「お、綺麗だ」
と言った。
たいていの人は、引きが甘い、針目が悪いといわれたらしいが、ハルは褒められた。褒められれば誰だって嬉しい。もちろん仕事なのだから。思わずよかったと安心した。
そのままだったら、ハルはみんなから妬まれても仕方が無いかもしれない。
けれど、その後に社長は聞いた。
「何分でつけたんだ」
「20分です」
20分と言っても、片方だけをつけた時間ではない。両方だ。
「20分!こんなの5分でつけなくちゃダメだよ、じゃないとお金にならないよ!」
おそらく社長は、片方の時間だけだと思ったのだとは思うけれど。
ハルはそれでひるんだ。困った表情になったのかもしれない。実際に一週間やそこらで経験者と同じ高みを示されても困る。これから頑張っていくとしても、どのくらいでそうなるかすら、見当もつかないのだ。
社長はそれを見て取って、
「もちろん慣れたら、ね」
と付け加えた。
しかし驚いたのも事実で、ハルは思わずリーダーに聞いた。
「みんな5分でつけてしまうんですか」
「5分でつけられるならね~・・・・」
5分でつけられるなら。
言われた言葉はなんだったろう。でもハルは、決してフォローをされたのではないと、感じた。
「針使える人でよかったと思ったのに」
リーダーは落胆したような言葉を言った。
社長になのか、それともハルになのか、そこまではわからなかった。
家族経営の小さな会社。といっても、株式会社なのだ。立ち上げてから今まで、社長がどのくらい仕事の鬼となっていたか、かつて男社会のど真ん中で働いていたハルには、なんとなくだけどわかる気がした。
気がしただけなので、実際には誰にも言ってはいない。
並大抵のことではなかったはずだ。理不尽に頭を下げる苦労、無理にこたえなければならない苦労。
男社会で働いていたのはアキさんも同じだった。長いこと建築図面を引いてきた。ずっと図面を引いてきたのだが、お姑さんが寝たきりになったので介護をすることになり、その仕事はやめたと聞いた。
他の皆はどんなことをしていたか知らない。
ただ、アキさんとハルは仕事への挑み方が明らかに違った。もくもくと淡々と仕事をする。アキさんもハルも仕事には段取りと経験が必要だと知っていた。ただハルには、この仕事の経験はない。だが経験は少しづつ溜まっていくものだ。
ハルの待遇をもっと悪くしてしまったのは、ハルの見た目の可愛らしさだった。
物言いの大人しさ、うるさくなさ、仕事への熱意。そんなこんなもあって、社長に気に入られるたらしく、
「ハルちゃん」
と呼ばれるようになった。
もちろん、それにハルは、甘えはしなかった。
「以前は揃って『「おばさん方』」と呼んでいたのに、若い人が入ってきて、社長も嬉しいのかしらね。」
70間近のパート女性からそう聞いたのは、リーダーとハルヨが揃って子ども達の行事で居ない日のことだった。
ハルは、自分がリーダーより上だと何回も言わなければならなかった。
おばさんと言ってもらって、同じであると思って欲しかったから。
(続く)
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