2009年1月8日(木)
枯(7)
物語×41
(続き)
ちゃんと仕事が出来ないと、修理部門の名を下げることになると思ったから、ハルは熱心にリーダーに尋ねた。ハルより一週間前に入ったスウコもいたから、実際指導期間でもあった。
最初、リーダーは修理で使用する運針のしかたを教えてくれた。しかし彼女はすぐに指導という行為に飽きて、
「自分で考えて」
と言い捨てるようになった。
修理にあたって、何も予備知識がないのに、しかも剣道防具に関してすら知らないのに、いきなり自分で考えてといわれれば、言われたほうは困る。もっとも修理方は確立されておらず、けっこういい加減なところもあったらしいが、出来上がったものを一目見て、
「それちがう」
「これはやり直し」
言われ続ければ、じゃあ先に基本を教えてください、と思う。
でもそれは彼女達は言わない。聞けば、運針だけ教える。運針を教えてもらいたいのではない、細かい気配りや要点を教えて欲しいのだ。いままでどうやっていたのか、ヒントが欲しいのだ。そして失敗すれば、聞かないで突っ走ったハルが悪いと言われて終わる。
目隠しをして、どこか知らないところに捨てられ、現地の人にそこがどこかを聞かずに戻って来い、サバイバルをしろと言うのにも今から思うと似ていた。
採用のとき、確かに「剣道経験者優遇」という条件はあったが、採用したのはリーダーではなく、会社の経営者だ。それともリーダーは、自分は何でも知っているから、頭を下げて頼みに来いと言いたかったのだろうか。でも、「仕事」と見てしまったハルはそんなこと思いも付かなかった。どうしていいかわからなかった。
知識を与えてもらうことに関して頭を下げる気持ちは大いにあるけれど、代わりに遣ってもらうことは全く考えていなかったから。
箱に入れて捨てられた子猫のように、ハルは一人不安を募らせた。
それでも、ハルは聞いた。スウコと一緒に進んで行けばよかったのだろうけど、スウコは勤務時間も短めで、しかも何かにつけて動作が遅かった。
質問もしなかった。理解して質問をしないのではなく、全てにおいてのろいので、いつまで経っても終わらないから進まない。スウコは何かにつけて本当に動作の遅い人だった。
自分から積極的に動かず、誰かが来て指示を出すまで何もしないで立っていた。
「手が小さいから、針が上手に扱えなくってー」
「金属製の指貫が細くて入らなくってー」
その理由は間違ってはいない。だがスウコは工夫もしない。
そういう意味ではハルは、確かに針には慣れていた。でも柔らかい布に針を通すのと、硬い皮に針をつきたてるのでは持ち方も加減も力の入れようも全く違う。
指貫にしても同じだ。ハルは怪我防止のために巻きつけた皮を一緒にはめていると、指貫ができないとすぐわかった。
それでアキさんにたずねて見せてもらったら、やっぱり輪は切られていて、ハルはそれにすぐに倣った。
ところが、スウコはそれを目の当たりにしていたはずなのに、3ヶ月を過ぎてもそのままにして、何もしなかった。ただできない、できない、を繰り返した。
もしずっと、そのままならば、仕事は続けられない。
見かねたアキさんが手を出し、金属の指貫はヤスリで切られ、スウコはやっと指貫を使えるようになった。スウコはその間も何もしないでただ見ていた。
「スウコさん指貫使えるようになったから」
というアキさんに、リーダーは
「そう、よかったね、指貫使えないと仕事にならないもんねー」
と言ったが、それをわかっていたはずなのに、放っておいたのはリーダーだ。
ハルの熱心さ、いやリーダーからはしつこさだったろうか。それに辟易して、メモを取るよう促したとき、スウコも一緒に用意した。ハルが一冊のノートにまとめている最中でも、スウコのメモは真っ白だった。そんなだから、必然的にハルのほうが進んでしまっていた。
でもスウコは、バカではなかった。取り入ること、顔色を窺うことは上手だった。ハルと話すときもリーダーとハルヨの顔色を窺いながら話していた。
アキさんと話すと、リーダーやハルヨがにらむので、ハルはそれ以外の近くの人にたずねたりもした。しかしそうやっていると必ず、ハルの周りから、上手な人は遠くに置かれた。
席替えはしょっちゅうだった。経験者だからと安心して聞いたら、実はそれが根本的に間違っていたこともあった。リーダーはそれを今まで正してこなかった。
経験者ですら修理の知識を互いに埋めてこなかったのだ。それなのに、影で腐す。
ハルは誰に尋ねたらいいのかは判る。アキさんとリーダーだ。だがアキさんはハルと同じように、部屋の片隅に追いやられ、ひとつの作業をするよう押し込められている。
リーダーに聞けば、
「人の仕事の手を止めないで、ちゃんと考えて」とすごい顔でいう。
その言葉は、「仕事の手を止めないで」は、ハルがハルヨに、漏らした言葉の裏返しだ。
「いつも忙しそうだから、聞くのが申し訳ないようで・・・」
といった自分の言葉だ。
思いやりを、とげにして返してくる、酷い人たちだった。
ハルは気が付かなかったが、ハルヨは、ハルに対して失敗を促したり、そのことでハルをいちいち激しく怒るように吹き込んでいたようだ。意図はわからないが、あの偉そうな態度から思うに、自分たちのほうが優れていると、上であると見せ付けたかったのだろう。
リーダーは、ハルヨの囁きに乗じ、面白がって、いろいろないびりとも取れる仕打ちをハルにした。
(続く)
ちゃんと仕事が出来ないと、修理部門の名を下げることになると思ったから、ハルは熱心にリーダーに尋ねた。ハルより一週間前に入ったスウコもいたから、実際指導期間でもあった。
最初、リーダーは修理で使用する運針のしかたを教えてくれた。しかし彼女はすぐに指導という行為に飽きて、
「自分で考えて」
と言い捨てるようになった。
修理にあたって、何も予備知識がないのに、しかも剣道防具に関してすら知らないのに、いきなり自分で考えてといわれれば、言われたほうは困る。もっとも修理方は確立されておらず、けっこういい加減なところもあったらしいが、出来上がったものを一目見て、
「それちがう」
「これはやり直し」
言われ続ければ、じゃあ先に基本を教えてください、と思う。
でもそれは彼女達は言わない。聞けば、運針だけ教える。運針を教えてもらいたいのではない、細かい気配りや要点を教えて欲しいのだ。いままでどうやっていたのか、ヒントが欲しいのだ。そして失敗すれば、聞かないで突っ走ったハルが悪いと言われて終わる。
目隠しをして、どこか知らないところに捨てられ、現地の人にそこがどこかを聞かずに戻って来い、サバイバルをしろと言うのにも今から思うと似ていた。
採用のとき、確かに「剣道経験者優遇」という条件はあったが、採用したのはリーダーではなく、会社の経営者だ。それともリーダーは、自分は何でも知っているから、頭を下げて頼みに来いと言いたかったのだろうか。でも、「仕事」と見てしまったハルはそんなこと思いも付かなかった。どうしていいかわからなかった。
知識を与えてもらうことに関して頭を下げる気持ちは大いにあるけれど、代わりに遣ってもらうことは全く考えていなかったから。
箱に入れて捨てられた子猫のように、ハルは一人不安を募らせた。
それでも、ハルは聞いた。スウコと一緒に進んで行けばよかったのだろうけど、スウコは勤務時間も短めで、しかも何かにつけて動作が遅かった。
質問もしなかった。理解して質問をしないのではなく、全てにおいてのろいので、いつまで経っても終わらないから進まない。スウコは何かにつけて本当に動作の遅い人だった。
自分から積極的に動かず、誰かが来て指示を出すまで何もしないで立っていた。
「手が小さいから、針が上手に扱えなくってー」
「金属製の指貫が細くて入らなくってー」
その理由は間違ってはいない。だがスウコは工夫もしない。
そういう意味ではハルは、確かに針には慣れていた。でも柔らかい布に針を通すのと、硬い皮に針をつきたてるのでは持ち方も加減も力の入れようも全く違う。
指貫にしても同じだ。ハルは怪我防止のために巻きつけた皮を一緒にはめていると、指貫ができないとすぐわかった。
それでアキさんにたずねて見せてもらったら、やっぱり輪は切られていて、ハルはそれにすぐに倣った。
ところが、スウコはそれを目の当たりにしていたはずなのに、3ヶ月を過ぎてもそのままにして、何もしなかった。ただできない、できない、を繰り返した。
もしずっと、そのままならば、仕事は続けられない。
見かねたアキさんが手を出し、金属の指貫はヤスリで切られ、スウコはやっと指貫を使えるようになった。スウコはその間も何もしないでただ見ていた。
「スウコさん指貫使えるようになったから」
というアキさんに、リーダーは
「そう、よかったね、指貫使えないと仕事にならないもんねー」
と言ったが、それをわかっていたはずなのに、放っておいたのはリーダーだ。
ハルの熱心さ、いやリーダーからはしつこさだったろうか。それに辟易して、メモを取るよう促したとき、スウコも一緒に用意した。ハルが一冊のノートにまとめている最中でも、スウコのメモは真っ白だった。そんなだから、必然的にハルのほうが進んでしまっていた。
でもスウコは、バカではなかった。取り入ること、顔色を窺うことは上手だった。ハルと話すときもリーダーとハルヨの顔色を窺いながら話していた。
アキさんと話すと、リーダーやハルヨがにらむので、ハルはそれ以外の近くの人にたずねたりもした。しかしそうやっていると必ず、ハルの周りから、上手な人は遠くに置かれた。
席替えはしょっちゅうだった。経験者だからと安心して聞いたら、実はそれが根本的に間違っていたこともあった。リーダーはそれを今まで正してこなかった。
経験者ですら修理の知識を互いに埋めてこなかったのだ。それなのに、影で腐す。
ハルは誰に尋ねたらいいのかは判る。アキさんとリーダーだ。だがアキさんはハルと同じように、部屋の片隅に追いやられ、ひとつの作業をするよう押し込められている。
リーダーに聞けば、
「人の仕事の手を止めないで、ちゃんと考えて」とすごい顔でいう。
その言葉は、「仕事の手を止めないで」は、ハルがハルヨに、漏らした言葉の裏返しだ。
「いつも忙しそうだから、聞くのが申し訳ないようで・・・」
といった自分の言葉だ。
思いやりを、とげにして返してくる、酷い人たちだった。
ハルは気が付かなかったが、ハルヨは、ハルに対して失敗を促したり、そのことでハルをいちいち激しく怒るように吹き込んでいたようだ。意図はわからないが、あの偉そうな態度から思うに、自分たちのほうが優れていると、上であると見せ付けたかったのだろう。
リーダーは、ハルヨの囁きに乗じ、面白がって、いろいろないびりとも取れる仕打ちをハルにした。
(続く)
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