2009年1月9日(金)
枯(8)
物語×41
(続き)
新しい年が明け、パートのメンバーが全部出勤し始めた、始まりの騒々しさも落ち着き始めたころ、ハルは、初めて別の防具、面、の修理に携わった。
まだそれを修理するには経験不足だなとはすぐに思った。
なので、自分で出来そうなものを選ぼうとしたら、リーダーは
「納期があるので、順番どおり、入ってきたものから修理して」
と言った。
ハルヨが修理の台帳を見て、その面が一番優先順位があると更に付け加えた。そこまで言われて断れば、じゃあ仕事やめれば、といわれそうでもあって怖かった。
だからハルは言われるままそれを取った。リーダーも他の誰も「無理じゃないかな」とは言わなかった。
ただ一人アキさんを除いては。
「まだハルちゃんには無理だと思うよ、他の仕事を与えたら?」
「できるところだけやってくれてもいいから」
そうなると、アキさんも言葉に詰まるのだ。出来ないところは仕方ないから認めるといっているようなものだから。
その面の状態は酷かった。
だが、もとは高価ないい品物だったろう。
あごについている臆病垂れには皮にサクラ模様を型染めしたものが飾りとして使われていたし、面の内側は、ビロード貼りだった。
今は塗料は剥げ、面の中の布はあちこち擦り切れ、あちこちからほつれた糸がぶら下がっていた。
ハルは思う。
無粋であろう武道にすら、こんなに綺麗な柄が施されたのはなぜかと。
滑らかな柔らかな布を使っているのはなぜかと。
実用、豪胆、一本気、それらのなかにも、やはりいろどりはあって、その彩が派手でなく控えめだから、余計に惹かれる。日本の美術のあり方は面白いと、いつもそこを見ていた。
様々なものが持ち主によって使われ、使い込まれ、挙句くたびれ、藍も切れ、しらっ茶けても、まだやって行けるんだと、生まれ変われるんだと、また持ち主の役に立ちたいと、修理を待っている。
だから、ハルは挑んでみた。アキさんが目の前にいて、ちょこちょこ口を出してくれてもいた。それも大いに助けになった。
当然それをリーダーは制した。
制した上で、作業をさせ、3時間もしないうちに、
「いつになったら出来るの、それ!!アキさんだって仕事抱えているのよ!!」
と激昂しながら言いだした。
ハルはその言葉にむっとした。でも何も言わなかった。いえなかった。
アキさんのアドバイスがなければ何も出来ないようなものだから。
確かにハルはアキさんに聞いてばかりだったかもしれない。それでアキさんの仕事を遅らせたかもしれない。でもアキさんは
「聞いていいのよ」と言ってくれた。
アキさんはいつも
「聞いてくれることで気分も変わってくるから」
と言ってくれた。
結局その仕事は、別の経験者の手に渡っていった。しかし彼女も、結局一日半かけたにも関わらず仕上がらなかったので、結局はアキさんが仕上げた。
仕組まれていた。
アキさんはたまたま垂れの仕事を受け持っていた。それは見た目以上に手間のかかる修理が必要だった。本来なら、その問題の面はアキさんが受け持つはずだったのだが、手が空いていない以上、誰か他の人がするしかない。
それをリーダー以下は、嫌がったのだ。
だから、何も知らないハルに取らせた。
修理できないと、泣きついてきたら、馬鹿にするつもりでいたのだ。しかしハルは黙って受け取って作業を始めてしまった。
自分の思惑と違ったことが、余計にリーダーをいらいらさせたのだろう。
この出来事は、社員を動員しての揉め事にあがった。次の日には、ひとりひとり面接を受け、ハルも言いたいことの半分程度は言ってみた。
それ以来、リーダーはハルの問いかけに答えなくなった。
以前から見かねきっていたアキさんが、社員に話し、ハルを彼女の手元で指導することとなった。
しかし、ハルを困らせるための台帳の操作はしばらく続いた。
(続く)
新しい年が明け、パートのメンバーが全部出勤し始めた、始まりの騒々しさも落ち着き始めたころ、ハルは、初めて別の防具、面、の修理に携わった。
まだそれを修理するには経験不足だなとはすぐに思った。
なので、自分で出来そうなものを選ぼうとしたら、リーダーは
「納期があるので、順番どおり、入ってきたものから修理して」
と言った。
ハルヨが修理の台帳を見て、その面が一番優先順位があると更に付け加えた。そこまで言われて断れば、じゃあ仕事やめれば、といわれそうでもあって怖かった。
だからハルは言われるままそれを取った。リーダーも他の誰も「無理じゃないかな」とは言わなかった。
ただ一人アキさんを除いては。
「まだハルちゃんには無理だと思うよ、他の仕事を与えたら?」
「できるところだけやってくれてもいいから」
そうなると、アキさんも言葉に詰まるのだ。出来ないところは仕方ないから認めるといっているようなものだから。
その面の状態は酷かった。
だが、もとは高価ないい品物だったろう。
あごについている臆病垂れには皮にサクラ模様を型染めしたものが飾りとして使われていたし、面の内側は、ビロード貼りだった。
今は塗料は剥げ、面の中の布はあちこち擦り切れ、あちこちからほつれた糸がぶら下がっていた。
ハルは思う。
無粋であろう武道にすら、こんなに綺麗な柄が施されたのはなぜかと。
滑らかな柔らかな布を使っているのはなぜかと。
実用、豪胆、一本気、それらのなかにも、やはりいろどりはあって、その彩が派手でなく控えめだから、余計に惹かれる。日本の美術のあり方は面白いと、いつもそこを見ていた。
様々なものが持ち主によって使われ、使い込まれ、挙句くたびれ、藍も切れ、しらっ茶けても、まだやって行けるんだと、生まれ変われるんだと、また持ち主の役に立ちたいと、修理を待っている。
だから、ハルは挑んでみた。アキさんが目の前にいて、ちょこちょこ口を出してくれてもいた。それも大いに助けになった。
当然それをリーダーは制した。
制した上で、作業をさせ、3時間もしないうちに、
「いつになったら出来るの、それ!!アキさんだって仕事抱えているのよ!!」
と激昂しながら言いだした。
ハルはその言葉にむっとした。でも何も言わなかった。いえなかった。
アキさんのアドバイスがなければ何も出来ないようなものだから。
確かにハルはアキさんに聞いてばかりだったかもしれない。それでアキさんの仕事を遅らせたかもしれない。でもアキさんは
「聞いていいのよ」と言ってくれた。
アキさんはいつも
「聞いてくれることで気分も変わってくるから」
と言ってくれた。
結局その仕事は、別の経験者の手に渡っていった。しかし彼女も、結局一日半かけたにも関わらず仕上がらなかったので、結局はアキさんが仕上げた。
仕組まれていた。
アキさんはたまたま垂れの仕事を受け持っていた。それは見た目以上に手間のかかる修理が必要だった。本来なら、その問題の面はアキさんが受け持つはずだったのだが、手が空いていない以上、誰か他の人がするしかない。
それをリーダー以下は、嫌がったのだ。
だから、何も知らないハルに取らせた。
修理できないと、泣きついてきたら、馬鹿にするつもりでいたのだ。しかしハルは黙って受け取って作業を始めてしまった。
自分の思惑と違ったことが、余計にリーダーをいらいらさせたのだろう。
この出来事は、社員を動員しての揉め事にあがった。次の日には、ひとりひとり面接を受け、ハルも言いたいことの半分程度は言ってみた。
それ以来、リーダーはハルの問いかけに答えなくなった。
以前から見かねきっていたアキさんが、社員に話し、ハルを彼女の手元で指導することとなった。
しかし、ハルを困らせるための台帳の操作はしばらく続いた。
(続く)
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