2009年1月12日(月)
枯(11)
物語×41
(続き)
サクラの季節が終わる頃、ハルの心は一緒に潰えた。
決定的になったのは、ハルとスウコとの扱かわれ方の不公平さ。
ハルは、それまでアキのそばで大人しく仕事をしていたのに、リーダーは年度が替わったからと言って、勝手にアキから遠く離し取り囲む席替えをした。ハルの新しい席は、リーダーとハルヨとスウコに三方を囲まれて、心底居心地が悪かった。
居心地が悪い中でも仕事はきちんと気をぬかないでしなければならなかった。
また、よりによって、スウコはその日一日失敗ばかりしていた。朝から一日まともな仕事などしてもいなかった。
ミシンを使えば不注意から一本しか無い針を折り、まつりぬいの仕事を請け負えば、目を反対にしてつける。やり直しはハルもよく命じられたが、そのやり直しすら、スウコはミスにする。
計算してミスを引き起こしているのかと思うほど、ハルの想像通りにミスをする。
リーダーは度重なるミスに、慌てたような顔をしていたが、
「いいのよ、ゆっくりやって。」
と言い、スウコに背中を向けて、ハルヨのほうを向いて舌を出しスウコの様子に不愉快さをあらわしただけだった。
人は変わることができるというが、それは辛い。痛い。ハルだって痛い。
いや、痛かった、かつては。
だが今は体から痛いという感覚が消えてしまっていた。
刃物で指を裂いて、血を滴らせても、ハルの顔は無表情のまま。
痛くないのだ、今は。
痛いといえば面白がられるのだ、今は。
スウコは違う。
痛いのを、より痛いように演技して、真綿にくるまれてまどろんでいる。
その差を生み出したのはリーダーだ。
実は、社長以下の社員は程度の差こそあれ、ハルがいじめられている事を知っていた節がある。ハルが疲れきって帰宅すると、どこからともなく社長が現れ、リーダーや、ハルヨの仕事にチェックを入れ、激しくしかり続けることが何度かあった、とアキさんから聞かされたのだ。
でもそれは、余計にハルをいじめる原動力となったような気すらする。
その証拠に嫌がらせは止まることはなかった。
ハルは、スウコの仕事に取り組むだらしない姿を見て、やる気を失った。さすがに目の前であからさまに差別されていたのを見せ付けられたのは堪えた。
だけど仕事は好きだった。
教えてくれたアキさんや採用してくれた会社への恩返しがしたかった。
だから、一縷の望みをかけて、席替えをお願いできないかと、電話で、社員に申し出てみた。
しかし、社員は戸惑ったような、困ったような雰囲気を持って、
「自分で言えばいいじゃない」
となげやりに、すこし感情を高ぶらせて、言った。
自分で言えばいいじゃない?
自分で言って、聞いてくれる人たちじゃないからお願いしているのに。
それとも私は生贄?
・・いや、そうだ。生贄だ。結局は使い捨て。実際の仕事の様子など誰も見てはいやしない。言葉にしたことだけが真実。ここでは、発言できないもの、しないものは蔑みの対象。だから、ハルの頑張りは彼らにとってまったく必要のないもの。ハルが頑張っていたのは収入のため。賃金に見合う仕事ができるようになりたいと願っただけ。耐えたのは、自分が未熟だとわかっていたから。だが、そんなのはあまったるい理想。そんな理想など振り回されては、迷惑極まりないのだ、ここでは。
ハルの心のバランスは完全に崩れた。
席替えの相談を振られ、それでもなお仕事を諦め切れなかったハルは3日間、家で悲鳴を、奇声をあげ続けた。心の傷を見ないようにするには忘れようとするには、体に傷をつけんとばかりに、髪をむしり、床に柱に頭を打ち続けた。
そこまで痛めつけて、ようやく諦めも付いて、休み明けの火曜日に出向いて、辞めると社員に話した。
社員は止めもしなかった。
「そういうことなら」
すぐに専務のところに連れて行かれ、詳細を話し、やめると伝えた。
最後に挨拶を交わしたいばかりに、アキさんだけに来てもらった。
「まあま、どうしたの」
アキさんに抱きついて、ハルは泣いた。泣いて、泣いて、涙が止まらなかった。
いい年をして泣き続けるハルを見て、
専務は、
「泣いてもしょうがないじゃない」
という諦めを含んだ声を発したが、それすらハルにとって痛かった。
今までの酷い仕打ちではまだ足りずにさらに鞭打たれたような気がした。
(続く)
サクラの季節が終わる頃、ハルの心は一緒に潰えた。
決定的になったのは、ハルとスウコとの扱かわれ方の不公平さ。
ハルは、それまでアキのそばで大人しく仕事をしていたのに、リーダーは年度が替わったからと言って、勝手にアキから遠く離し取り囲む席替えをした。ハルの新しい席は、リーダーとハルヨとスウコに三方を囲まれて、心底居心地が悪かった。
居心地が悪い中でも仕事はきちんと気をぬかないでしなければならなかった。
また、よりによって、スウコはその日一日失敗ばかりしていた。朝から一日まともな仕事などしてもいなかった。
ミシンを使えば不注意から一本しか無い針を折り、まつりぬいの仕事を請け負えば、目を反対にしてつける。やり直しはハルもよく命じられたが、そのやり直しすら、スウコはミスにする。
計算してミスを引き起こしているのかと思うほど、ハルの想像通りにミスをする。
リーダーは度重なるミスに、慌てたような顔をしていたが、
「いいのよ、ゆっくりやって。」
と言い、スウコに背中を向けて、ハルヨのほうを向いて舌を出しスウコの様子に不愉快さをあらわしただけだった。
人は変わることができるというが、それは辛い。痛い。ハルだって痛い。
いや、痛かった、かつては。
だが今は体から痛いという感覚が消えてしまっていた。
刃物で指を裂いて、血を滴らせても、ハルの顔は無表情のまま。
痛くないのだ、今は。
痛いといえば面白がられるのだ、今は。
スウコは違う。
痛いのを、より痛いように演技して、真綿にくるまれてまどろんでいる。
その差を生み出したのはリーダーだ。
実は、社長以下の社員は程度の差こそあれ、ハルがいじめられている事を知っていた節がある。ハルが疲れきって帰宅すると、どこからともなく社長が現れ、リーダーや、ハルヨの仕事にチェックを入れ、激しくしかり続けることが何度かあった、とアキさんから聞かされたのだ。
でもそれは、余計にハルをいじめる原動力となったような気すらする。
その証拠に嫌がらせは止まることはなかった。
ハルは、スウコの仕事に取り組むだらしない姿を見て、やる気を失った。さすがに目の前であからさまに差別されていたのを見せ付けられたのは堪えた。
だけど仕事は好きだった。
教えてくれたアキさんや採用してくれた会社への恩返しがしたかった。
だから、一縷の望みをかけて、席替えをお願いできないかと、電話で、社員に申し出てみた。
しかし、社員は戸惑ったような、困ったような雰囲気を持って、
「自分で言えばいいじゃない」
となげやりに、すこし感情を高ぶらせて、言った。
自分で言えばいいじゃない?
自分で言って、聞いてくれる人たちじゃないからお願いしているのに。
それとも私は生贄?
・・いや、そうだ。生贄だ。結局は使い捨て。実際の仕事の様子など誰も見てはいやしない。言葉にしたことだけが真実。ここでは、発言できないもの、しないものは蔑みの対象。だから、ハルの頑張りは彼らにとってまったく必要のないもの。ハルが頑張っていたのは収入のため。賃金に見合う仕事ができるようになりたいと願っただけ。耐えたのは、自分が未熟だとわかっていたから。だが、そんなのはあまったるい理想。そんな理想など振り回されては、迷惑極まりないのだ、ここでは。
ハルの心のバランスは完全に崩れた。
席替えの相談を振られ、それでもなお仕事を諦め切れなかったハルは3日間、家で悲鳴を、奇声をあげ続けた。心の傷を見ないようにするには忘れようとするには、体に傷をつけんとばかりに、髪をむしり、床に柱に頭を打ち続けた。
そこまで痛めつけて、ようやく諦めも付いて、休み明けの火曜日に出向いて、辞めると社員に話した。
社員は止めもしなかった。
「そういうことなら」
すぐに専務のところに連れて行かれ、詳細を話し、やめると伝えた。
最後に挨拶を交わしたいばかりに、アキさんだけに来てもらった。
「まあま、どうしたの」
アキさんに抱きついて、ハルは泣いた。泣いて、泣いて、涙が止まらなかった。
いい年をして泣き続けるハルを見て、
専務は、
「泣いてもしょうがないじゃない」
という諦めを含んだ声を発したが、それすらハルにとって痛かった。
今までの酷い仕打ちではまだ足りずにさらに鞭打たれたような気がした。
(続く)
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