2009113(火)

枯(13)

物語×41

(続き)

「検査の結果でたから、方針も決まったね。今日から薬を処方して、ちょっと卵巣に刺激を与えてみよう。」

「まず普通のピルを飲む。子宮の内膜を厚くしてくれるからね。飲みきって2~3日後に生理が来るよ。そしたら5日目から、この薬を飲む。卵巣に刺激を与えるんだ。お子さんは欲しいと願っている人には出来ない治療だけど、大丈夫かい?」

ハルはうなずく。
うなずくより他にないのだ。
生理なんか、早くなくなればいいと思った報いかもしれない。本当になくなるのは、それはもうすこし先の話だと思っていた。
今40を過ぎて間もないハルにどうして、そんなことが起っているのか、受け入れがたかった。

ハルより年上の人に、そんな話をして見たら、
「いつかはなくなるよ、それが今だと思って諦めたら?諦めきれないもの??」と言われた。
彼女は、まだ生理がある。

確かにそれはそう。様々な病気で子宮を亡くしたり卵巣をなくしたりする人はいる。でも、だからこそ受け入れがたい。いつかなくなるといわれても、年上からの順送りではないのだから。

精神ストレスから来たのは、自分がしっかりしなかったから、だろうか。
それとも強くなかったから、だろうか。

先生の提案は治療より経営のためだろうか、この話を信じて良いのだろうか。そう思って疑ってしまうのはあの出来事の後遺症なのか、それともハル自身の欠陥か。
人との関わりに裏があるのではないかと、勘ぐることを軽蔑しながらも、ハルはするようになった。しないではいられなかった。

自分の正当性を少しでも証明し、報復に裁判を起こそうかとも思った。だから法務局まで相談にも行ってみた。しかし辞めた後では何も出来ないと逆に諭された。
身の安全を守るために、そこを離れれば、人権は無いものと同じだと悟った。
そう悟らされた。

まるで枯れたようだとハルは思った。
その考えは、ハルの心の底の更に下のほうに沈めた、滓のような泥のような記憶をふと浮き上がらせた。

「私は、もう枯れているんですよ」

そういった、あの男の事を。忘れようとしても忘れられない、男。

「オマエハ、ソレホドマデニスイタノカ?アノオトコノコトヲ?」
・・・私は、それほどまでに好いたのか?あの男のことを?

小さく首を横に振りながら、違う、絶対違うと唱えながら、ハルの意識は、一生かけても絶対にプラスの愛には変わらない、変えられない男の思い出に移って行った。

すでに遠いような、まだ近いような、曖昧な記憶のなかに。


ハルの夫が自作パソコン組み立てたのは、上の子どもが生まれてすぐだった。各種自分の希むマザーボードやメモリ部品を選んで、好きなようにカスタマイズする、そんなプラモデル感覚の自作パソコンが最初に流行った頃だった。
それを、ハルは使わせてもらって、草創期のネットというものに夢中になった。

ネットは不思議な世界だ。距離を気にしないで、いつでもどこでも誰とでもコミュニケーションをとれる。いや、コミュニケーションというほどに重くもないし深くもない。
メモ書きだけの、時間差で起こるやりとりが正しいだろう。

でも新鮮だった。なにしろ、自分に都合の良い時間でコミュニケーションを取れたような感覚を得られるのだから。滅多にあうことすら出来ない人とのやりとりはなんとありがたいものだろう。

黎明期のネットは、新聞よりも速く情報を流したり、雑誌や本で読むことをまとめたような、どちらかというと、実直な記事が多かった。
実名を明かしている人も多かったし、ハルも実名で活動していた。

個人で作成するホームページも流行り、その更新の面倒くささから簡易ホームページサービス、いわゆるブログサービスが出来、ハルも、日本の着物にとても興味があったので、それの歴史を調べたりまとめたり、発表してみたりして、ネットの中に己の世界を広げて行った。

さらに会員制のSNSが生まれ、自分の知り合いである友人に、誘われて、ためらいなくそこにも入って行った。知り合いと、時間差でも日常を分かち合えるのは楽しかった。

しかし、人口が増えてくると、お互いに悪意がなくても、現実では絶対に価値観の合わない人間とも関わりが出来たりする。普段はお互いの価値観でお互いの世界にすみわけをして関わることなどないのに、ネットの中では一緒くただ。

その混沌のなかで、とうとう、ハルは出会ってしまった。

(続く)






 コメント(0件)コメント欄はユーザー登録者のみに公開されます 
コメント欄はユーザー登録者のみに公開されています

ユーザー登録すると?
  • ユーザーさんをお気に入りに登録してマイページからチェックしたり、ブログが投稿された時にメールで通知を受けられます。
  • 自分のコメントの次に追加でコメントが入った際に、メールで通知を受けることも出来ます。






 ABOUT
ankh
気になったことを調べたり、何かを作ってみたり、趣味を発表する場に使おうと思います。

属性個人
 カウンター
2008-04-09から
136,969hit
今日:20
昨日:83


戻る