2009116(金)

枯(16)

物語×41

(続き)

 一日だけ。

 都合をやりくりして、ハルは男のところに行った。北のほうの遠いところだった。冬だったから雪が積もり、おおよそ真っ白だった。太陽の光が目に刺さるように雪で乱反射して、電車から降りて外を見たハルは、まぶしくて普通に目を開けていられなかった。

 着いたその日、ハルはすぐにメールを送った。返事は来たが、都合があってその日は会えないということだった。
ハルは、昼間は観光のように街を歩き、お店をのぞいたりし、夜はホテルのバーに出かけたりしてやっぱり一人で過ごした。

 来てはみたものの、相手の予定は曖昧だった。だが確約をしていないのに来たのはハルのほうだから、それでもいいと思った。

「会いたくないのは、彼の気持ちなのだから。私が会いたくても彼は会いたくない。それを受け止めなければ、やっぱり彼はずっと落ち込んだままだろう。今ここで自分の利を求めてはいけない」

 そうやって自分に言い聞かせた。会わなくても、それはそれでいいのだ。
 会わないことも選択肢の一つだから。

 次の朝、あまり飲みなれないアルコールを飲んでしまったせいか、起きたときはそこがどこかわからなかった。半分寝ぼけていた。しばらく部屋を見回して、ここはどこかと考えた。そばに置いてあった携帯のメール受信を知らせる光で、ようやく思い出した。

 メールは男からで、内容は午前中に会う時間が出来たと書かれていた。

 うれしかった。例の覚悟を決めなければならないかもしれないが、それよりずっと嬉しかった。自分自身に嬉しさは隠せない。
 着替えを済ませ、いつもより綺麗に見えるよう、でも派手にはならないように化粧をして、ホテルのロビーまで下りて、しばらく待った。

 彼は来た。
思ったより背が高く、大またであるき、当地の人には温かい日だったから、長いコートの前を空けて羽織っていた。風にそよいでいるコートの裾は、まるでハルの心のようだった。

 わかりやすいよう、出入り口のそばにいたので、彼はすぐにハルを見つけて近寄ってきた。
 
 彼は腰を折り曲げて下から、どんな顔をしていいかわからずうつむくハルを、笑顔で覗いた。


 始めて会った彼は、紳士的ではあった。
 だけれど、どこかわざとらしさを、作り物のようでもあると感じさせる人でもあった。
 一泊しないと来られないここへくるために用意した荷物のキャリーバッグを持ってもらっているにも関わらず、ハルは彼を見て、安心感は抱かなかった。まるでひったくるように持って行ったことが気になったのかもしれない。

 やはり、文章にはその人の特性が出るものかもしれない、とハルはぼんやり思った。
 ハルに背を向けて、来たときと同じようにすたすた歩くのを見れば、その不安な思いは一層強くなるような気がした。

 場所をおちつけて実際に話してみれば、彼は文章から見えてくるほど陰険ではなかったが、切れる人でもなかった。読書量はすごそうだが、多分、雑誌のように情報を得るためだけのものとしての価値が大きく、教養という部分では足りないかもしれない、偏った読み方をしているかなと思った。

 奥さんとのややこしい問題を解く手伝いをしようと、これからどんな話をしようかとハルは心配していたのだが、彼は自分にしか興味が無いらしく、ハルとの別れの時間が来るまで、延々と自分のことだけを語り続けた。ハルへの問いかけもなく、奥さんの話が出ても、自分を引き合いに出してちょっと馬鹿にするような話なので、それにハルはずいぶん返事に困った。

 ハルが確信に触れるような話に入っては、彼は答えられなかった。
 答えたくないのか。それとも気が付かないのか。

 悩んでいるとき、悩んでいながらも答えを知っているのは自分自身であり自分自身しか居ない。頭で考えた事を、どうやって表現して結果を得るか。なかなか思ったようには得られないから、人は悩む。
 ハルはそう学んできた。
 だから、どうやれば、相手と互いに好ましい関係を築けるか、続けるか、それは自分しか知らない。だからハルに出来るのは、それに気がつくようにいろいろな話を向けることしかない。
 だが、それに彼は全く答えられなかった。

 結局、彼は、奥さんのことは好きではあるらしい。ハルは心配で駆けつけてしまったけれど、やっぱり後はハルの関わることではないと、感じた。

 それに男も、ハルの覚悟を知っていたはずだが、望みもしなかった。

 ひとつの恋。
 これは恋といえただろうか?
 そのようなものは、今終わった。ハルに失望の気持ちはあったが、これで十分だ。望まないリスクを犯すことはない。それが男の希望であればなおさらだ。

 今後はまたメールでやりとりするかもしれないが、ハルはそれでいいのだと思った。

(続く)






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