2009118(日)

枯(19)

物語×41

長らくお付き合いくださいましてありがとうございました。

終章です。
(続き)

 ハルは今本当に枯れようとしていた。

 月をおうごとに出血が少なくなり、このままなくなるのだろうなと漠然と思う。
 その月は生理すら来なくて、ハルはまた病院に行った。

 その日、とうとう言われてしまった。

「あなた排卵が止まってしまっているんだったね」

 こないだまでは気をつかってくれていたのだろう。やっぱりそうだったのかと思った。胸がぐっとつまり、ハルは思わず手を握り締めた。

「あなたは女性ではあるけれどね、まず戻すには君を女にしなきゃならん」

 その言い方にはどこか隠微な響を隠していた。先生の表情からそう感じたのかもしれない。
 それで、なぜか、ハルは警戒した。
 散々酷い目に会わされて来た原因の容姿をみて、先生はからかい半分で言うのだろうか。

 だから、その気持ち悪さから逃げるために、

「すでに私は女以外なんですね」

と言ってしまった。
先生も看護師さんも、笑った。ハル自身も、笑ってしまった。

「ハルさんは、まだ若いから、もうすこし治療を続けよう。まずは生理の周期を整えよう。」

ハルは、はいと返事をし、支度をして、診察室を出た。

「枯れたと騒いでいる人を助けようとして、それが余計な事で・・・それで自分が枯れるなんて・・・洒落にならない」

 心の中でそう思って、診察室から出たハルは、思わず我慢していた涙を落としたが、それでも笑った。
笑うよりなかった。

「私は、ただ、力になりたかっただけだ。だけれど、それが余計なことで、しかも居ないほうがいいと小突かれて、私はどうしたらよかったの?」

 ネットの世界から引き上げようとして勤めた、あの職場も、ハルがやめてリーダーは喜んだはずだ。ハルが受け持った面倒くさい仕事を出来ない面々で請け負っても、社長の関心をとることには成功したのだから。

 男ももし、この状況を知ったなら、さぞ満足だろう。
 毒を入れることが目的だったのだろうから。そして目的は見事に達成され、ハルは枯れつつある。

「おめでとう、あなたの願いは成就したね」

 伝えたくても、今となっては伝える術すらない。もし伝えようとしたら、ストーカーなどと罵られてしまうだろう。
 なにしろ、心を尽くしても、それが伝わらなかったのだから。

 まさに悲劇と喜劇は紙一重だ。
 笑うなら笑えばいい。
 笑ってもらえるなら笑ってもらえばいい。

 ハル自身だって、涙を流しながらでも口元は微笑を湛えているのだ。その異様さは傍目にどう見えるのかわからないが、滑稽なものと映るだろう。
 その程度でしかないのだ、他人には。


 ハルに入れられた毒は、ハルの心の滓と一緒に沈みながら、ときおり現れては、ハルを蝕む。ハルの女性としての機能が回復するかどうかを思うたびに、いや実際には、医者がそういうのを聞くとともに、その毒はよみがえり、強さを増してハルを腐らせ、心を、体を侵す。
 精神のよりどころとなっているものを壊し、また肉体も壊されつつある。

 最初の頃は腐った枝だけを落とした。身を軽くしようとした。けれど、落としても、落としても、腐れはどんどんすすんでいく。

 もはや、ハルというサクラの木は、枯れるのを待っているだけだ。


 染井吉野の寿命が短いのは台木になった木の衰えが原因といわれている。また成長が速い分寿命が短いのだとも言われている。



 ひときわ美しいといわれたそのサクラは、たびたび枝を折られるほどに愛でられすぎた。
 そして、枝は折られ過ぎ、毒が入ってからは、落とされ過ぎた。

 そのサクラは、もう。





 二度と咲かない。

(終)






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