物語(41)


20081025(土)

専守防衛(13)

物語×41

長い間お付き合いくださいましてありがとうございました。

ようやく終章です。


(続き)

―モッパラ他カラノ侵入・奪取ヲ防ギ守ル事ヲ守ル―\r

言葉が突然つながった。
頭の中でたくさん考えた後だったり、本をたくさん読んだあとに感じる、なにかの糸がつながったような感覚とよく似ていた。

自分にとって誰が一番大切か、それは自分である。
それは古代の昔から変わらない真理だろう。
自分が思うからこそ、自分がいるのだという哲学もある。
逆に言えば、自分が思うことを失うのは、自分が消失することでもある。

鏡がある。鏡は光を反射することで、そこにある物質の姿を写す。だから肉体は見ることが出来る。それで、存在がわかる。

では心をうつす鏡はどこにあるのか?
体を写しても、それを認知できなければ、それは無に匹敵するのではないか?

肉の体と、その体のもつ心、認知覚があってこそ、自分であるといえよう。


「他からの侵入・奪取とは、ねじけた打ちひしがれた思いだ。それらが弱々しく入り込んできた後、あっというまに広がることだ。
防ぎ守るとは、そういった思いから惨めな境遇を作り出し、自分に価値がないと思わせるようなことをしないようにすることだ。
もっぱら守るとは、くじけることがないよう、自分を律し守るということだ。」

自分を律するために、関わりを持ったり、反対に距離を置いたりすることは、大切なことだと、サユリは思っている。

あれだけ言っても、せっついても、こっちが理解をしようとしても、やはりサユリはどこかで怖がっていたのだろう。表面上はうまく言っている、と自分を騙してきただけかもしれない。自分を騙しているということは、相手も騙していることかもしれない。

表面上だけでもいい相手なら、それでもいい。
でもそれでサトルと一生やっていけるのか?
最後には、「あなたは私の気持ちに全く感じなかった」と責めて終わりたいだけなのではないか?
それで自分は幸せなのか?
最後にその復讐をするために、今こうやって耐えている、もしかすると耐えているふりをしているのではないか?

自分が先に死ぬならともかく、もし相手が先に先に死んだらどうなるのだ?
その後の人生は、ずっと惨めなままではないのか?
憎しみを抱えたままで生き残って、また新しい憎しみを生むだけではないのか?

そんなのは、嫌だと思った。

戦争に負けた直後の日本のように、ギブミーチョコレートと物乞いし、体を売り、強いものにまかれ。
それでいい人はいいけれど、私は嫌だ。

惨めさや不幸を抱えたまま生きるのは嫌だ。
相手にバカにしながらされながら、ナイフで互いに斬り合いながらいるのは嫌だ。

互いにきりあうことが出来るならいい。
でもそれすらもできず、ただ一方的に耐えさせられるなんて真っ平ゴメンだ。
圧倒的な力の差を見せ付けて、それをちらつかせられながら、それに怯えながらいるのなら、せめて一矢報いたい。

実際に報わなくても、それができるという気概だけは備えたい。

実際、大人しく無難に過ごそうと思っても、生きるのが辛くなるほど苦しいときがあった。回避しようとしても見事に、敵意をもって回りこまれてしまったこともある。
そのとき何もいえなかった。
でも、あの時毅然と退けていれば、その災いは退けられたかもしれないのに。

「私は、ちゃんとやってきたつもりだけど、きちんと向き合ってこなかったのかもしれない、うまくやろう、回避しよう、真っ向から行くのを避けよう、そんなことばかりだったのかもしれない」


幾分反省色も濃くなり、買い物を済ませて家に戻ったら、サトルの使っている車はすでに戻っていた。
ただいまも言わず、家に入り、さらに二階に上がる。

「あなたお話があります。私はいろいろ考えたけれど、結局この小さな張り出しがあるのはもう耐えられません。切ってもいいですか?」

「おかえり。僕は君の話を聞いて、その張り出しが思った以上に負担になっているとやっと判ったよ。今まで、綺麗にしたいと思っていたから切りたいということを無視していたけど、もう無視は出来ない。」

同時だった。
長かった分サトルの言葉が残った。

「・・・確かに、今は新しく買い物をするのは大きな負担だし、子ども達のための蓄えだって必要だ。ここの余分のために生まれた、それをなんとかしのぐ余分は、残念ながら無い。だから、僕はここを切って、君を残す」


それから一週間経った。
家を建てた工務店のアフターサービスの者が来た。同じ日に二人で電話したので、慌てて飛んできたようにも見えて思わず苦笑した。

木屑が飛ぶからと台所全てにビニールを張り巡らせ、簡単な養生を済ませると、用意された電気ノコギリのスイッチが入れられた。モーターの回転する大きな音の後に、甲高い声の、いやな耳障りの鋭い音が聞こえてきた。
顔をしかめないではいられないほど、いやな音だった。

切り落とされた断面は刃の回転するときに生じる熱で黒くこげた。サンドペーパーでこすり、なんとか目立たないようになったが、今までのようなニスのかかった磨き上げられた側面は無残な姿になった。

それでも二人は、特にサユリは満足だった。

何を切って何を残すかは人によって違うだろう。
もしかしたら、あのまますれ違いながらいたかもしれない。
でもサユリが望んだのはサトルそのもので、サトルはサユリそのもの。最後までお互いを理解しようとし、自分に正直になって相手と関わろうとした。最後にはそこを曲げることなくただ真剣勝負した。

専守防衛。
ひたすらに自分をおびやかすものから最大限自分を守ったうえで、最大限の利益を、相手と一緒に得る。

これが二人の専守防衛。








・・・ということにしておこう。(笑)

(終)



20081024(金)

専守防衛(12)

物語×41

(続き)

何故私は、あの二人がレジに並ぶと思ったのだろう。

売り場を曲がっていって姿が見えなくなっただけで、その先は、私は見ていないことなのに。

もしかしたら、女の子の気持ちを組むチャンスを上げて、またお菓子売り場に行ったかもしれないのに。
いや、あんまり我が強くなっても困ることになるから、今回はきちんと判らせるために心を鬼にして向き合って話しているかもしれないのに。
あるいは、今考えたとおりに、レジに行っているかもしれないのに。

なのに、何故私は、あの二人がレジに並ぶと思ったのだろう。

こういうとき、幼いころのサユリの言い分は、わがままとして一喝を受けた。
泣けば、泣いてばかりとまた責められた。
いつまでもいつまでも許されること叱責。言わなければよかったと、自らをなくしたほうがいいとさえ思わせるほどの責め苦だったのだろうか。

そうでもあるような、そうでもないような。正確にはどんなことがあったのかなんて覚えてもいやしない。でも、そのときに自分の中に湧き上がった何かは離れることもなく、染み付いているのだった。

「母親がレジにいく」と思ったのは、サユリの中にすでにある、出来上がった積みあがったパターンから起る動き、なのだ。
はじめて気が付いた。
そう思うと、サユリは多くのものにずいぶん縛り付けられているものだと思った。

夫に、夫の家族に、自分の家族に、子ども達に、家に、家そのものに。
自分の一番身近なところを探ってみても、あっというまにこれだけ思いつく。

いつだって人の選んだものを大人しく受け入れるよう飼いならされたのはなぜか、と自分に問うた。

大人しくて、言う事をよく聞いてきたのは、大きな声で怒鳴られたくないから。
我慢するのは、聞かないと、酷い目にあわされると思ったから。
だって、言う事を聞いてもこれだけ酷い目にあわされるのなら、聞かなければもっと酷い目に合わされるのではないか。
酷い目にあわされるかもしれない・こわい・あわされたくない・こわい。

こわさばかりだ。
だから、サユリはいやだと思うことも受け入れた。
でも、そのことで心を捻じ曲げたような気もした。


あなたはこうであるべきなの
親に従え、結婚しては夫に従え、老いては子に従え。

いつになったら、私は報われるの?
いつになったら、私の望んでいることは実るの?
いつになったら・・・・。

さっきのテレビの言葉がよみがえった。
「戦争のひどさもさることながら、戦争の後の酷さはもっと酷かった。一体誰がこんな風にしたんだ」

サトルとの間の、今の状態も酷いが、このままで行けば、もっと酷いことになるだろう。
誰がこんな風にしたのかと問われれば、サトルでありサユリであることには間違いないけれど、サユリとサトルそのものというよりは、変わって行くことを拒否した、過去のこだわりの部分に起因するような気がしてくるのだった。

こだわりとは何かといえば、サユリは実家に暮らすといわれたのに、7年近くも待った上、ようやく落ち着くかと思ったことが、全く落ち着かなかったこと。
サトルは長男だから、実家に戻らなくてはいけないと盲目的に思っていたこと。

その思いをどこかで断ち切れば、ここまで酷いことにならなくて済んだはずなのに、サユリはそれを無理して受け入れることで心を捻じ曲げ、サトルは、そのことに気が付かなかった。
捻じ曲がった気持ちは行動にも考えにもねじれをおこし、二人の間はますますねじれ。


工夫に工夫を重ねたけれど、根本的に解決しなかった、最初に聞いていなかった、あのカウンターの張り出し。もうサユリには耐え切れない。

些細なことかもしれないけれど、本当に些細なことなのだけど、それに心をとらわれている。忘れることも出来ないほどに強調してくる、そのあつかましさったらとんでもないとまるで憎んでいるかのようだ。

サユリが何かを要求しているといえば、その張り出しが要らないと言いたいのだ。
でも、要らないと言う事は難しい。あったっていいじゃない、といわれるのが常だ。
せっかく綺麗なのだから、せっかく作ってもらったのだから、せっかく、せっかく、と綺麗な言葉に騙されたような気持ちさえする。余計なものを背負い込んで、自分がおかしくなってしまえば、本末転倒なのに。
要らないというのに、どれだけ勇気がいるものかと思う。


些細な張り出し。
だけどその些細さが、ここまで苦しいことになると誰が思っただろう。些細だと皆が思ったからこそ、サユリは、言い出せなかった。引け目に思っていた。

引け目を感じたら、惨めになる。惨めだと助けて欲しくなる。いかにも私は辛いとアピールしたくなる。
でも惨めさを晒したところで、誰も助けてはくれない。惨めな気持ちでいるならば、そこから全ては離れていく。

現実を見たって、子どもだって付いてこないではないか。

自分を守るために、自分の弱さを晒す。
それは、とても楽であり、またたいした努力もしないで得たいものを得ることも出来る。
でも、弱さをさらけ出すというのは、相手に自分の身をゆだねる事だ。
ゆだねて、幸せであるうちはいい。
でも、不幸せになったらどうするのだ?どう感じたらいいのだ?

自分を棚上げにして、相手を責めてもいいのか、己の弱さを例えとして、正当化していいのか?

弱さとは何か?それでは強さとは何か?

―モッパラ他カラノ侵入・奪取ヲ防ギ守ル事ヲ守ル―\r

(続く)



20081023(木)

専守防衛(11)

物語×41

(続き)

子どもに用意したものとおなじ物をゆっくり食べている間にその番組が終わった。同時に子ども達の興味はニンテンドーDSの通信対戦ゲームに移り、遊び始めたので、サユリはチャンネルを変えた。

テレビのチャンネル権など、サユリにはもう滅多になかった。誰かと一緒に見れば楽しいし、特に見たいと思うものも無かった。
サトルは都会の男性にありがちなザッピングを煩雑にして、「あっそれ見てたのに・・・」ということが多く、すぐに戻してはくれるのだけど、そうなると、自分はどこかつまらないことにこだわっているような気がしてくるのだ。

そこにあるのを見ているだけでも聞いているだけでも結構楽しい。そばの人と笑いのツボが同じならもっとうれしいし、可笑しい。それでよかった。


いくつかチャンネルをめぐっていると、とうに故人となった、ある実力派俳優の特集番組をやっていて、そこでサユリはチャンネルを止めた。

珍しく惹かれたのだった。

コメディアン出身で、それでいて、下積みがあり確かな演技力を持ち、下駄のような顔をした下町のヒーローとなった俳優。ガンで亡くなった方だ。その彼が若い頃、風化しつつある戦争を思い返す映画の主役を演じたことがあるという。
「戦争があって、その悲惨さを乗り越えながら生きる底辺の人たちをうまく演じた」と、評されていた。

「戦争のひどさもさることながら、戦争の後の酷さはもっと酷かった。一体誰がこんな風にしたんだ」
その俳優に脚本を書いた人の言葉が耳に入って、サユリはそこに気持ちを吸い取られた気がした。

この、私たちの今の状態も戦争といえば言えるかもしれない。
家の中にいてもただ考えが堂々巡りをするだけ。
重苦しい言葉にのみこまれまいと、サユリは子ども達に声を掛けた。

「買い物に行くけど、一緒に行く?」


子ども達は付いて来なかった。
夕べから母親の機嫌がわるい事は承知なのだ。
一緒にいって機嫌をとること、一緒に行かないで機嫌を取らないこと、どちらでも、母の気持ちは同じように平らかになってくれるなら、行かないほうがいいのだ。

サユリだってそれは同じだ。付いて来られて、アレが欲しいコレが欲しい、ああしてこうして、アレ食べたいコレ食べたいが始まれば、気持ちでは負担がますだけなのだから。

お互いにお互いを傷つけないように、距離をとるのが一番心地よかった。

とはいえ、子どもだけで家に置いておくのもやっぱり心配なので、サユリは近所のスーパーに行った。
以前買い換えた冷蔵庫は、3人で居る分には十分な大きさだったけど、4人になって食べ盛りになってくるとやっぱり足りなくて、結構頻繁に食材を買いに行かなければならなかった。特にその家のあるところから、歩いていけるところは、ないので手間だった。

以前の暮らしが便利すぎて、ここは本当に不便だなとまた思わされた。

「今晩のおかずは何にしようかな、あの子達、シューマイ好きだからそれでも作ろうかな?でもひき肉ならハンバーグのほうが好きかな?あっそういえばヨーグルト食べたいって一昨日言ってたっけ。ほかには、モヤシサラダにしましょうか。」

その他に、お米を研がなくちゃとか、昨日雨で完全に乾かなかった洗濯物は部屋干しで乾いたかしらと思ったりもする。

今日はサトルとケンカの真っ最中なので、さすがにサトルのことは頭に浮かばないが、そうでないときは、子ども達のほかに、サトルの好みや季節の旬の食材や、大好きな甘いものなんかを考えて皆でほおばる姿を思い浮かべながら、買い物をする。

頭の中でこんな会話をどれほど繰り返してきたろう。


乳製品の売り場で、子ども達の大好きなブランドを探していると、子どもの泣き声が近づいてきた。
ぐずぐずと泣いている3歳くらいの女の子が、カートを押すお母さんの横に並んで歩いている。後ろを通ったので、耳を澄ませてみれば、女の子はカートのなかに入れたお菓子が気に入らないらしい。

「そぇ、ちあうの」
「それでいいって自分がいったでしょ」
「でも違うのがいいの」
「なんでなの、自分で取ったんでしょ」

お母さんはカートを押しながら、半分怒声、半分呆れ声の大きな声になった。そして通りがかったのと同じように泣いたままとおりすぎて、乳製品売り場から、右となりの清涼飲料水の場所に移動して行った。

「あらら、なんだか泣いているとかわいそうになっちゃうなあ、あのお母さんはあのままレジに並ぶのかしら?」
その瞬間、ふと、あることに気が付いた。

(続く)



20081021(火)

専守防衛(10)

物語×41

(続く)

足が向いた献血所は、綺麗なところだと思った。

白い壁、桜色のカーテン。20畳くらいの部屋にリクライニングのできる、ゆったりとしたすわり心地の出来そうな椅子がたくさんあった。

大勢の人もいた。
こんなに献血する人がいるのに、足りないなんて・・・どこで血液はなくなっているのだろうかと思った。

サユリは、以前、一度献血をしたことはあった。

だが、体質的に向いておらず、すぐ貧血を起こしてそのときは100CCにも満たない量で止められてしまった。

その話はしないでおいた。

お産の時1リットル出血したって死ななかったのだから、献血くらいで死ぬわけはない。もう大丈夫だと思い込んでいた。それに貧血を起こしたあの頃と今とでは体格も違うし、とも考えた。

「400CC献血がたりないので、お願いしたいところなのですけれど」
まよわずそれを選んだ。

献血が終わったあと、どこに行こうか、ということも頭になかった。
ただ今は血を抜くだけだ。
サユリはリクライニングの利いた椅子に座り、てきぱきと血を抜く準備を始めた看護師を眺めた。
血液は細いチューブを伝ってビニールの袋に少しづつ溜まり始めた。

献血の血の色は、血液検査のときの血と違い、鮮烈な美しい赤。サユリはビニールに光が反射した光の加減も手伝って、赤いうるしが入っているのかと思った。
こんな綺麗な真っ赤な赤色が増えていくのを見て、自分の体にもちゃんと、こんな綺麗な血が流れているのだと、不思議な気持ちになった。

毎月見る血は、鉄錆びのような暗い色。
血液検査の血は、黒くなりかけた、どす黒い色。


80CCを抜いたところで、不思議な気持ちは不快な感じになった。目の前がちかちかして、頭が重たい。
意識が遠くなる感じがする。
すみません、ちょっと頭が痛いのでもう少しリクライニングを倒してください、寝かせてくださいと、経過を観察にくる看護師に告げた。

看護師は、サユリの顔を見て、あわてて針を縫いた。
「まだ大丈夫ですよ、もすこし椅子を平らにしてくれれば」
その言葉はやんわり返された。

役に立ちたいから、こんなに綺麗な血なのだから、「400抜けなかったら、ムダになるから抜いてください」とまで言ってしまった。

サユリの、献血に向いていない体質は変わっていなかったのだ。
今から考えても、本当にバカだと思ってサユリは苦笑した。


針を抜いて医師が再度診察をする。献血前と献血後の医師の様子が違うのを見て、サユリはようやく、状況がかなりやばかったらしいと気がついた。

医師も看護師も、繰り返し、繰り返し、住所を聞き、家に帰るよう、迎えに来る人はいるかと聞いた。かなり心配だったのだろう。

そうなっては、サユリは家にかえるより他になかった。
電話をしたら、困憊したサトルの声が聞こえた。
そのまま、また逃げようかと思ったが、献血はその気力も体力もそいだ。
もうどうなってもいいやと思っているのに、いざとなると、生きたい気持ちだけは残っていたらしい。サトルが迎えに来、サユリは黙ったまま連れられて家に戻った。

ほんの4時間程度の家出だった。

後から聞いた話では、サトルは下の子を背負って自転車で追いかけてはきたらしい。
まさか、バスに乗ったとは思わなかった、とぽつりと漏らした。

サトルにとって、サユリは思いもかけない行動をする不可解な生き物なのだろう。

その距離は今後もずっと埋まることはないのだろうか。

(続く)



20081019(日)

専守防衛(9)

物語×41

(続く)

飛び出したものの、サユリには追いかけてきてくれるという自信があった。
だから、サトルが追いかけてきてくれたら、素直に戻ろうと思っていた。

とにかく、冷静にならなければ、そして今後はこんなことが起きないようにしなければ。

けれど、後を追ってくる気配はない。
足早でもなく、普通に歩いているのに、男の足が女の足を追いかけているのに、誰も来ない。
来ない、来ないと進んでいたら、バス亭があった。
そして、その前に着いたとき、ちょうどバスが来て、並んでいる人が居たものだからサユリは引きずられるようにそれに乗ってしまった。

バスに乗ったとて、行くあてはない。迎えに来る事を待っていたのだから。バスから電車に乗り換えても見たが、行き着く当ては思いつかない。
サユリの実家は遠く、兄弟親類もそばに居ない。
せいぜいホテルに2~3泊出来ればいいのかもしれないが、お金の類はもって出るのは忘れた。

なにせ、その場にあったものをひっつかんで出てきたのだから・・・。

行くところが無いと、人は、よく知っているところに行ってしまうらしい。
サユリは、たまに出かける大型スーパーのそばにいた。

たまに子ども達と来るファストフード店を見れば、相変わらず込んでいるし、その前に広がっている広場のようなところでは、お店が招いた新人バンドだか、プロの楽隊だかが、耳障りのいい音楽を鳴らしていた。家族連れや中のよさそうな恋人たち、友達どうしでにぎやかに楽しそうに歩いている姿を見て、その中でサユリが一人、もうすぐ来る夜をつれてくる闇のように、沈んで一人だった。

追ってくる気配もないなんて、やっぱりもう不要な人だ、見捨てられて当たり前だ。
あれだけ怒り散らして、家を飛び出したのだから自業自得だよね。

急に可笑しくなった。
子どもの頃から、私には、捨てられる話ばっかりだと可笑しくなった。

「橋の下から拾ってきたんだよ」


という母の冗談を思い出した。
幼稚園に入る前だったと思う。
でも、その頃には子どもなりの分別のようなものがすでにあって、それは嘘だとわかった。嘘とわかる冗談の付き方でもあった。

だけど、あまりにもそれを繰り返すので、娘は、学びたての言葉を使って対抗した。

「毒キノコ食べて死んでやる!」

色鮮やかな赤いきのこ、魔女のきのこのイメージ、白雪姫の毒リンゴ・・・、頭のなかにそういうイメージがあって自分なりに悲壮感があった。
死ぬとは何かわからない。
だけど、死ぬことは悲しいことだとサユリは感じていた。
ただ、母に悲しい気持ちだといいたかっただけなのかもしれない。

だが、それを言ったら、母は大笑いした。

笑われるシーンではないと思っていたから、仰天した。
使いたての言葉で判ったようなことを言っていると思ったのかもしれない。

だけれど、私は橋の下から拾ってきた、という言い方は、なんかいやだったのよ。

その笑い声と、面白いこというねぇ、という母の言葉は未だ耳の奥に焼き付いて痕になった。


「まあ、いいか・・・子ども二人産んで、家を存続させるにはもう十分やったし。サトルは優しい人であるのは間違いないし。子ども達もうるさい母親なんて、こんなすぐに冷静さを失うような母親なんて要らないだろう。私より、義母さんのゴハンのほうが、子ども達はよく食べるような気がするし、おいしいし。」

「でも、どこにいけばいいんだろう?」

私は今までいったい、何をしてきたのかと途方にくれた。
人を騙すでもなく、自分の親に仕え、夫に仕え、子どもに仕え、いやなことは皆私任せ。誰かの役に立っているのだか、たって居ないのだかわからない。

存在が無意味に思えた。

やりきれなくなって、視線は下のほうにむいた。
視線の行った足元のそばに、「献血」の2文字があった。

血液が足りません、の案内板があるのを見て、短絡的に、どうせ死ぬなら誰かの役に立ってからと、漠然と思ったらしい。この期に及んでもまだ役に立ちたいと願っている。



今から思えば、バカだと思う。

(続き)



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