2011年11月16日(水)
産まれる産まれぬ産まれた[3]
17時30分
自分の父親母親が来てくれました…陣中見舞いならぬ陣痛見舞い。
母親を見ると何故だか不思議と力が抜けボクちゃんを抱っこしたのもあり再びスライムベスが登場しました(*_*)
色々話すとなんだか安心し子供達を一時連れて帰ってくれ気持ちが安定したためまたもや陣痛がつき始めてきました…18時00分。
旦那とオカアサンはご飯を食べるため帰るとの事…19時00分に出ました。
子供達が心配なのと良い感じの陣痛が付かないのと確実に今日産まれないと思い分娩になったら若しくは帰ってOKが出たら連絡するとの事で真っ直ぐ旦那には家に帰ってもらいました。
22時00分。
この時点で私より後に入った数名は新たな命を産み出していたので1人焦りと不安を抱えつつとりあえず体力温存のためベッドで横になりテレビを見ながらウトウトしていました。
翌11月13日 1時10分。
劇的な痛みで目覚める。
それから8~5分置きの痛みが続いていた…痛みの波ピーク時には130までをマーク!!!
いってー!!
ぐぉーーー(≧ヘ≦)
早く…
早くでてよ…(ノ△T)
と、ちょっと弱気な気持ちも思いながら耐えていた。
でも考え方を変えてみた…
腹子は何故みんながいる時に産まれようとしなかったのか?
腹子が話せるはずもないけれど『お姉ちゃんもお兄ちゃんも自分と向き合いたいと言ってお休みの日にねとお腹にお願いしていた。それに時間がかかるなら痛みは自分と母ちゃん2人で乗り越えて辛い格好はみせたくない。みんな疲れてるなら少しでも休んで。』きっとそう思ったのだろう。そうだね…みんなの事を考えて腹子が出した結論ならばそれに母ちゃんがトコトン向き合い付き合うべきと腹をくくった。
今までとは違い強い痛みが懇々と続き陣痛は止む事なくただひたすら腹子が下りて出たい時間まで逃しながら『大変だけど一緒に頑張ろうね。1人じゃないんだよ。みんなが出るのを心待ちにして待ってるよ。』とまだプックリしていたお腹を撫でながら励まし耐え続け結局朝の6時10分にナースコールをして診察をしてもらいそこからバタバタと出産準備に取り掛かりました。
自分の父親母親が来てくれました…陣中見舞いならぬ陣痛見舞い。
母親を見ると何故だか不思議と力が抜けボクちゃんを抱っこしたのもあり再びスライムベスが登場しました(*_*)
色々話すとなんだか安心し子供達を一時連れて帰ってくれ気持ちが安定したためまたもや陣痛がつき始めてきました…18時00分。
旦那とオカアサンはご飯を食べるため帰るとの事…19時00分に出ました。
子供達が心配なのと良い感じの陣痛が付かないのと確実に今日産まれないと思い分娩になったら若しくは帰ってOKが出たら連絡するとの事で真っ直ぐ旦那には家に帰ってもらいました。
22時00分。
この時点で私より後に入った数名は新たな命を産み出していたので1人焦りと不安を抱えつつとりあえず体力温存のためベッドで横になりテレビを見ながらウトウトしていました。
翌11月13日 1時10分。
劇的な痛みで目覚める。
それから8~5分置きの痛みが続いていた…痛みの波ピーク時には130までをマーク!!!
いってー!!
ぐぉーーー(≧ヘ≦)
早く…
早くでてよ…(ノ△T)
と、ちょっと弱気な気持ちも思いながら耐えていた。
でも考え方を変えてみた…
腹子は何故みんながいる時に産まれようとしなかったのか?
腹子が話せるはずもないけれど『お姉ちゃんもお兄ちゃんも自分と向き合いたいと言ってお休みの日にねとお腹にお願いしていた。それに時間がかかるなら痛みは自分と母ちゃん2人で乗り越えて辛い格好はみせたくない。みんな疲れてるなら少しでも休んで。』きっとそう思ったのだろう。そうだね…みんなの事を考えて腹子が出した結論ならばそれに母ちゃんがトコトン向き合い付き合うべきと腹をくくった。
今までとは違い強い痛みが懇々と続き陣痛は止む事なくただひたすら腹子が下りて出たい時間まで逃しながら『大変だけど一緒に頑張ろうね。1人じゃないんだよ。みんなが出るのを心待ちにして待ってるよ。』とまだプックリしていたお腹を撫でながら励まし耐え続け結局朝の6時10分にナースコールをして診察をしてもらいそこからバタバタと出産準備に取り掛かりました。
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