2012年3月12日(月)
タイタニックとうりふたつの姉妹船
海・船ネタ記事×64
開催中のタイタニック展から、タイタニックにまつわる話です。
タイタニック号には、同型の三隻の姉妹船があったことはご存知の方も多いと思いますが、今日はその中の一隻、『オリンピック号(メイン画像)』についてお話してみます。
『オリンピック号』は、タイタニックと同じ設計で作られた同型の1番船です。タイタニックより早い1911年の完成、処女航海を行いました。タイタニック以前に就航していたこの船もまた、当時世界最大の客船でした。
建造ドックでタイタニックと並んだ『オリンピック号(手前)』、奥側に見える船がタイタニック号です。
形状、大きさから、同型船であることが分かります。
『オリンピック号』は、同じ造船所でタイタニック号と2隻、平行作業で建造されました。
同型船といわれた、タイタニック号とオリンピック号、同型船ではありましたが、先に運行を始めたオリンピック号の運行状況から改善点をまとめタイタニックに改良を加えたため、客室の間取りや、外観も見た目に相違点がありました。
船内に関しては、1等客室の定員を多くした事などで、タイタニックのほうがより豪華に、外観も海が荒れたときなどにプロムナードデッキと呼ばれる船内外側の通路の風雨の入り込みを防ぐ風除け窓がついた事で見た目は一目で分かるほど変わりました。
このため、タイタニックとオリンピックは、うりふたつと言われながらも、見た目に分かる相違点が多数あったため、よく言われる沈没事故時のすり替え説を説くことは難しい事とされています。
タイタニック号とオリンピック号すり替え説の出所は、やはり運行早々立て続けに起こした事故による保険金詐欺疑惑でしょうか・・
上の写真は英巡洋艦『ホーク』と衝突事故を起こした際のオリンピック号に空いた穴。
この事故の際は、オリンピック号側に非があるとされて、オリンピック号側には保険金が下りなかったそうです。
このときの船長は、タイタニック号でも舵取りをしたスミス船長だったのでした。
オリンピックと衝突した巡洋艦ホーク、オリンピック号も大きな損傷を受けましたが、この巡洋艦もかなりのダメージを受けたそうです。
これだけの事故ですから、修理にも費用と時間が掛かりました。タイタニックの部品の一部はオリンピック号の修理にも使われたため、タイタニック号の建造も大幅に遅れたのです。
タイタニックの処女航海の際には、オリンピック号も復帰していて大西洋上にありましたが、タイタニックの沈没現場からは遠く離れており現場にたどり着いたのは生存者の救助が終わってからでした。
タイタニックの事故後、タイタニック事故で得た教訓を生かし、救命ボートの数を増やしたオリンピック号は順調に航海を重ねます。しかし、時代は第一次世界大戦へ、対戦中は軍隊輸送船(上の画像は迷彩を施されたオリンピック号)として兵員輸送などの任務に就きます。
その間のエピソードとして、ドイツの潜水艦Uボートの魚雷攻撃を受けた際の話は有名です。
Uボートの攻撃を受けたオリンピック号は、その攻撃を見事かわし、次の攻撃で沈められる事を恐れた船長は、潜水艦に体あたりを試みます・・・その試みは見事成功、客船が敵潜水艦を撃沈するという、考えられないような戦果をあげたのでした。
この後、大戦を生き延びたオリンピック号は、タイタニック号とは対照的な幸運に恵まれ、当時の船としては、長寿といえる24年間の客船としての仕事を全うしました。
老体で活躍する様子から、晩年は、『たのもしい、おばあちゃん』という愛称で親しまれたそうです。
今日は、タイタニック展から、タイタニック号の姉妹船『オリンピック号』についてお話してみました。
タイタニック号・処女航海100年企画・企画展『タイタニック展』開催中
処女航海から今年で100年を迎えるタイタニック号を模型や写真、遺品レプリカなどでわかりやすく展示しています。
開催期間:3月1日(木)~4月20日(金)
会場:店内企画展示室
時間:店舗営業時間(10:00~19:00)休業日を除く
入場は無料です。多くの方のご来場お待ちしております。
明日3/13(火)明後日3/14(水)は、当店お休みを頂きます。
船の模型と海雑貨・・STAR SHIP MODELS
店舗情報はこちら→http://www.obnv.com/interior/475
タイタニック号には、同型の三隻の姉妹船があったことはご存知の方も多いと思いますが、今日はその中の一隻、『オリンピック号(メイン画像)』についてお話してみます。
『オリンピック号』は、タイタニックと同じ設計で作られた同型の1番船です。タイタニックより早い1911年の完成、処女航海を行いました。タイタニック以前に就航していたこの船もまた、当時世界最大の客船でした。
建造ドックでタイタニックと並んだ『オリンピック号(手前)』、奥側に見える船がタイタニック号です。
形状、大きさから、同型船であることが分かります。
『オリンピック号』は、同じ造船所でタイタニック号と2隻、平行作業で建造されました。
同型船といわれた、タイタニック号とオリンピック号、同型船ではありましたが、先に運行を始めたオリンピック号の運行状況から改善点をまとめタイタニックに改良を加えたため、客室の間取りや、外観も見た目に相違点がありました。
船内に関しては、1等客室の定員を多くした事などで、タイタニックのほうがより豪華に、外観も海が荒れたときなどにプロムナードデッキと呼ばれる船内外側の通路の風雨の入り込みを防ぐ風除け窓がついた事で見た目は一目で分かるほど変わりました。
このため、タイタニックとオリンピックは、うりふたつと言われながらも、見た目に分かる相違点が多数あったため、よく言われる沈没事故時のすり替え説を説くことは難しい事とされています。
タイタニック号とオリンピック号すり替え説の出所は、やはり運行早々立て続けに起こした事故による保険金詐欺疑惑でしょうか・・
上の写真は英巡洋艦『ホーク』と衝突事故を起こした際のオリンピック号に空いた穴。
この事故の際は、オリンピック号側に非があるとされて、オリンピック号側には保険金が下りなかったそうです。
このときの船長は、タイタニック号でも舵取りをしたスミス船長だったのでした。
オリンピックと衝突した巡洋艦ホーク、オリンピック号も大きな損傷を受けましたが、この巡洋艦もかなりのダメージを受けたそうです。
これだけの事故ですから、修理にも費用と時間が掛かりました。タイタニックの部品の一部はオリンピック号の修理にも使われたため、タイタニック号の建造も大幅に遅れたのです。
タイタニックの処女航海の際には、オリンピック号も復帰していて大西洋上にありましたが、タイタニックの沈没現場からは遠く離れており現場にたどり着いたのは生存者の救助が終わってからでした。
タイタニックの事故後、タイタニック事故で得た教訓を生かし、救命ボートの数を増やしたオリンピック号は順調に航海を重ねます。しかし、時代は第一次世界大戦へ、対戦中は軍隊輸送船(上の画像は迷彩を施されたオリンピック号)として兵員輸送などの任務に就きます。
その間のエピソードとして、ドイツの潜水艦Uボートの魚雷攻撃を受けた際の話は有名です。
Uボートの攻撃を受けたオリンピック号は、その攻撃を見事かわし、次の攻撃で沈められる事を恐れた船長は、潜水艦に体あたりを試みます・・・その試みは見事成功、客船が敵潜水艦を撃沈するという、考えられないような戦果をあげたのでした。
この後、大戦を生き延びたオリンピック号は、タイタニック号とは対照的な幸運に恵まれ、当時の船としては、長寿といえる24年間の客船としての仕事を全うしました。
老体で活躍する様子から、晩年は、『たのもしい、おばあちゃん』という愛称で親しまれたそうです。
今日は、タイタニック展から、タイタニック号の姉妹船『オリンピック号』についてお話してみました。
タイタニック号・処女航海100年企画・企画展『タイタニック展』開催中
処女航海から今年で100年を迎えるタイタニック号を模型や写真、遺品レプリカなどでわかりやすく展示しています。
開催期間:3月1日(木)~4月20日(金)
会場:店内企画展示室
時間:店舗営業時間(10:00~19:00)休業日を除く
入場は無料です。多くの方のご来場お待ちしております。
明日3/13(火)明後日3/14(水)は、当店お休みを頂きます。
船の模型と海雑貨・・STAR SHIP MODELS
店舗情報はこちら→http://www.obnv.com/interior/475
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