2012年4月23日(月)
灰色のみぎゃー 【前編】
猫話×153
13年程前のある初夏の夜
私は帯広から帰る車の中にいた。
音更バイパスの道は大きな車がすごいスピードで走り
それらに追い越されるたびに乗っていた軽四輪が揺れた。
時間は夜の11時を回っていたと思う。
大きなカーブを回って
地元の大きなスーパーの看板の脇を抜けた時に
運転手が「あっ。」と小さく叫んだ。
「なに?どうしたの?」
「いや、今猫が・・・」
「ぇ、まさかはねられていた?」
「いや、生きてた。しかもかなり小さい」
戻りましょう。
私がそう言う前に運転手はさっと車を反対車線に回した。
「真ん中の中央分離帯にいたんだ」
「ぇえ。まさか!」
大きなバイパス道路は片側2車線もあって
しかも路側帯も大きく場所をとっており
周囲には民家も少ないことから
人の渡ることなど考慮されておらず
中央分離帯は対向車線を区切るためだけの
20センチ程の厚みしかない簡易なものだった。
野良の、ましてや子猫がそんなところを渡るなど
ありえないと思えた。
「いた、やっぱり、かなりちいさい」
運転手が叫んだ。
あまり夜目のきかない私にも
中央分離帯の影にうずくまった白い小さな猫が見えた。
少し離れた場所に車を停めて考えた。
近寄ったら驚いて逃げ出すかも知れない。
そんな時に自動車でもきたら・・・
どのみちあのままでいれば
死んでしまう確率のほうが高い。
ましてやあの小ささでは野良では生きていけないだろう。
深呼吸1つついて、私は車から降りた。
何回か通りすぎる大型の車に注意しながら
私はその中央分離帯に近寄った。
真っ暗な中、離れた場所の街灯のオレンジが
ぼんやりと子猫の姿を見せてくれた。
子猫は大きなポールに隠れるようにうずくまったまま
ガクガクと震えていた。
もしかしたら、ここに渡る時に車にぶつかったのか?
ケガで動けなくなっているのか?
小さな声で驚かさないように注意して
「おまえ、どうしたの?うごけないの?」
声をかけた。
子猫は一瞬ビクっとしたが
その瞬間、こちらを見上げて
ものすごい声で鳴いた。
そして後ろ足で立ち上がると
必死に両手をこちらに伸ばし
抱いて!と飛びついてきた。
とても小さくてとても軽い
灰色のアメショーのような毛色のメスの子猫だった。
ものすごく甘え、大きな声で鳴き
ゴロゴロと喉を鳴らした。
迷い猫だったら、
一瞬頭にそういう思いもよぎったが
背骨はガリガリで
数日さまよっていたようだった。
家には約1歳になる飼い猫のまおさんがいる。
猫を増やすつもりはなかったが
ええいままよと、そのまま抱いて持ち帰ることにした。
車の中で子猫は
ずっと大きな声で鳴いていたが
それは怯えて鳴くのではなくて
今までの自分がどうあったかを
一生懸命説明しているような鳴き方だった。
あのね、あのね、こうだったの!
ああだったの!車がきて動けなかったの!
身振り手振りで回らない口を補う子供のように
その子猫はずっと私の顔を見つめて鳴き続けた。
「うんうん。大変だったね。」
何度かなだめているうちに
子猫は満足したのか私の肩によじ登り
丸くなって寝てしまった。
小さな猫とは思えないほど
枯れて喉が潰れた声。
この子は一体何時間ああしていたのだろう。
思うと胸が潰れそうに痛んだ。
「みぎゃーちゃん」
声をかけると
みぎゃ?みぎゃ?
小さく子猫は応えた。
小さく見えてはいたが
おそらく3ヶ月くらいの子なのだろう。
車中で子猫はずっと良い子のままだった。
子猫を拾ってから30分程で自宅につき
家の玄関を開けた。
玄関には1歳になるまおさんが待っていた。
私が「ただいま」と声をかけると
不機嫌そうにしっぽをピシピシと打ち鳴らしてみせた。
「まおさん、また怒ってるねぇ」
私がそう言いながら居間に入り
懐から子猫を出そうとした時、
まおさんが居間に入ってきた。
おそらく匂いを嗅いで
フーシャーする程度だろう。
私は安易にそう考えて、
まおさんの前に子猫を置いてみた。
子猫はまおさんを見るなり
ものすごく喜んで飛びついて行った。
母猫と間違えたのかもしれない。
だが、
まおさんの目が大きく見開いたかと思った瞬間
子猫はあっと言う間に
まおさんに飛びかかられ本気の攻撃を受けた。
猫同士のケンカのギャギャギャと言う声が上がった。
まおさんが子猫の喉に食いつこうとした時
私がそこに手を入れた。
私の右手の人差し指の付け根が
あっけなく裂けて血が吹き出した。
まおさんはまだ噛んでいるものが
子猫だと信じ切って
さらに力をくわえて数度噛みなおす。
私が手を引こうとしたら
だらんとまおさんが食いつたままついてきた。
左手で頭を押しても離れず
まおさんの頭をひねりあげ耳をつかみ
「エエかげんにせんか!!冷静になれ。
誰の手齧ってんじゃワレ」
と耳元で怒鳴った。
怒鳴られてやっと冷静になったようで
まおさんはやっとじわっと口を離した。
中指と人差し指の間が
ちぎれかかって白い腱が見えた。
手の甲には後ろ足で思い切り裂いた傷が
数本深くついて血がだらだらと流れていた。
まおさんはまだ気がおさまらず
子猫にものすごい形相で唸り声を上げ続けるので
仕方なくその夜は台所に隔離することになった。
隔離の際にまおさんを抱こうとしたら
まだ興奮していて二の腕を深く噛まれた。
さすがに頭にきたので
尻をひっぱたいて台所に放り込み
ドアは開けられないようにガムテープで閉鎖した。
子猫は幸い、背中の毛がむしられた程度で
外傷なしで済んだようだった。
自分のケガはさておき
特に子猫にケガはなかったのが幸いだった。
だが、子猫は事情がわからず
未だにまおさんに近寄りたくてまおさんを探しまわった。
砂トイレと餌を用意すると
子猫はウニャウニャと食べきちんと砂で用を足した。
ずっと我慢していたのか
子猫とは思えない量の尿だった。
おそらく母猫についていたものを
人間が引き離して里子にだしたが
その里子先で何か問題があり
捨てたのじゃないだろうかと思えた。
まおさんへのあの執着は
母猫を求める子猫の本能のような気がした。
ひとしきり食べ終わると
子猫は枕元で丸くなり行儀よく眠った。
とても良い子なのに一体どんな事情があったのだろう。
台所では閉じ込められたことに不満のまおさんが
一晩中がたがたとドアを揺すっていた。
私は噛まれた傷が腫れて膨れ上がり熱が出て
眠れないまま朝を迎えた。
朝、台所を開けると
まおさんが神妙な顔で待っていた。
「えらく反省しとるね。あなた。」
声をかけると
何度も何度も手に擦りつき
ごめんなさいのポーズで腹を見せた。
子猫を再度見せると
不機嫌そうに唸ってさっと逃げてしまうが
襲いはしなくなった。
それから1ヶ月以上
まおさんは子猫を見るたび唸り続けた。
そしてそれが相当なストレスになり
まおさんはかなり痩せてしまった。
子猫は人にとても良くなついていて
聞きわけもよくすごく良い猫で惜しくも思えた。
だが、まおさんを不幸にする生活は考えられなかった。
子猫の飼い主を探すこと。
それを私は決めた。
まおさんのあの姿を見る限り
もう2匹目は飼えないだろう。
そう思うことになったきっかけは
そんな事から始まったのだった。
そしてこの時の灰色の子猫が
私の猫とのあり方を決めるきっかけになるのは
私もその時はまだ知らなかった。
=続く
=====================
TOP画像は本文に関係ありません
(モデルはかな猫保育園2期生の冬ちゃん)
まさかこんな姿を見ることがあるとわねっ!
私は帯広から帰る車の中にいた。
音更バイパスの道は大きな車がすごいスピードで走り
それらに追い越されるたびに乗っていた軽四輪が揺れた。
時間は夜の11時を回っていたと思う。
大きなカーブを回って
地元の大きなスーパーの看板の脇を抜けた時に
運転手が「あっ。」と小さく叫んだ。
「なに?どうしたの?」
「いや、今猫が・・・」
「ぇ、まさかはねられていた?」
「いや、生きてた。しかもかなり小さい」
戻りましょう。
私がそう言う前に運転手はさっと車を反対車線に回した。
「真ん中の中央分離帯にいたんだ」
「ぇえ。まさか!」
大きなバイパス道路は片側2車線もあって
しかも路側帯も大きく場所をとっており
周囲には民家も少ないことから
人の渡ることなど考慮されておらず
中央分離帯は対向車線を区切るためだけの
20センチ程の厚みしかない簡易なものだった。
野良の、ましてや子猫がそんなところを渡るなど
ありえないと思えた。
「いた、やっぱり、かなりちいさい」
運転手が叫んだ。
あまり夜目のきかない私にも
中央分離帯の影にうずくまった白い小さな猫が見えた。
少し離れた場所に車を停めて考えた。
近寄ったら驚いて逃げ出すかも知れない。
そんな時に自動車でもきたら・・・
どのみちあのままでいれば
死んでしまう確率のほうが高い。
ましてやあの小ささでは野良では生きていけないだろう。
深呼吸1つついて、私は車から降りた。
何回か通りすぎる大型の車に注意しながら
私はその中央分離帯に近寄った。
真っ暗な中、離れた場所の街灯のオレンジが
ぼんやりと子猫の姿を見せてくれた。
子猫は大きなポールに隠れるようにうずくまったまま
ガクガクと震えていた。
もしかしたら、ここに渡る時に車にぶつかったのか?
ケガで動けなくなっているのか?
小さな声で驚かさないように注意して
「おまえ、どうしたの?うごけないの?」
声をかけた。
子猫は一瞬ビクっとしたが
その瞬間、こちらを見上げて
ものすごい声で鳴いた。
そして後ろ足で立ち上がると
必死に両手をこちらに伸ばし
抱いて!と飛びついてきた。
とても小さくてとても軽い
灰色のアメショーのような毛色のメスの子猫だった。
ものすごく甘え、大きな声で鳴き
ゴロゴロと喉を鳴らした。
迷い猫だったら、
一瞬頭にそういう思いもよぎったが
背骨はガリガリで
数日さまよっていたようだった。
家には約1歳になる飼い猫のまおさんがいる。
猫を増やすつもりはなかったが
ええいままよと、そのまま抱いて持ち帰ることにした。
車の中で子猫は
ずっと大きな声で鳴いていたが
それは怯えて鳴くのではなくて
今までの自分がどうあったかを
一生懸命説明しているような鳴き方だった。
あのね、あのね、こうだったの!
ああだったの!車がきて動けなかったの!
身振り手振りで回らない口を補う子供のように
その子猫はずっと私の顔を見つめて鳴き続けた。
「うんうん。大変だったね。」
何度かなだめているうちに
子猫は満足したのか私の肩によじ登り
丸くなって寝てしまった。
小さな猫とは思えないほど
枯れて喉が潰れた声。
この子は一体何時間ああしていたのだろう。
思うと胸が潰れそうに痛んだ。
「みぎゃーちゃん」
声をかけると
みぎゃ?みぎゃ?
小さく子猫は応えた。
小さく見えてはいたが
おそらく3ヶ月くらいの子なのだろう。
車中で子猫はずっと良い子のままだった。
子猫を拾ってから30分程で自宅につき
家の玄関を開けた。
玄関には1歳になるまおさんが待っていた。
私が「ただいま」と声をかけると
不機嫌そうにしっぽをピシピシと打ち鳴らしてみせた。
「まおさん、また怒ってるねぇ」
私がそう言いながら居間に入り
懐から子猫を出そうとした時、
まおさんが居間に入ってきた。
おそらく匂いを嗅いで
フーシャーする程度だろう。
私は安易にそう考えて、
まおさんの前に子猫を置いてみた。
子猫はまおさんを見るなり
ものすごく喜んで飛びついて行った。
母猫と間違えたのかもしれない。
だが、
まおさんの目が大きく見開いたかと思った瞬間
子猫はあっと言う間に
まおさんに飛びかかられ本気の攻撃を受けた。
猫同士のケンカのギャギャギャと言う声が上がった。
まおさんが子猫の喉に食いつこうとした時
私がそこに手を入れた。
私の右手の人差し指の付け根が
あっけなく裂けて血が吹き出した。
まおさんはまだ噛んでいるものが
子猫だと信じ切って
さらに力をくわえて数度噛みなおす。
私が手を引こうとしたら
だらんとまおさんが食いつたままついてきた。
左手で頭を押しても離れず
まおさんの頭をひねりあげ耳をつかみ
「エエかげんにせんか!!冷静になれ。
誰の手齧ってんじゃワレ」
と耳元で怒鳴った。
怒鳴られてやっと冷静になったようで
まおさんはやっとじわっと口を離した。
中指と人差し指の間が
ちぎれかかって白い腱が見えた。
手の甲には後ろ足で思い切り裂いた傷が
数本深くついて血がだらだらと流れていた。
まおさんはまだ気がおさまらず
子猫にものすごい形相で唸り声を上げ続けるので
仕方なくその夜は台所に隔離することになった。
隔離の際にまおさんを抱こうとしたら
まだ興奮していて二の腕を深く噛まれた。
さすがに頭にきたので
尻をひっぱたいて台所に放り込み
ドアは開けられないようにガムテープで閉鎖した。
子猫は幸い、背中の毛がむしられた程度で
外傷なしで済んだようだった。
自分のケガはさておき
特に子猫にケガはなかったのが幸いだった。
だが、子猫は事情がわからず
未だにまおさんに近寄りたくてまおさんを探しまわった。
砂トイレと餌を用意すると
子猫はウニャウニャと食べきちんと砂で用を足した。
ずっと我慢していたのか
子猫とは思えない量の尿だった。
おそらく母猫についていたものを
人間が引き離して里子にだしたが
その里子先で何か問題があり
捨てたのじゃないだろうかと思えた。
まおさんへのあの執着は
母猫を求める子猫の本能のような気がした。
ひとしきり食べ終わると
子猫は枕元で丸くなり行儀よく眠った。
とても良い子なのに一体どんな事情があったのだろう。
台所では閉じ込められたことに不満のまおさんが
一晩中がたがたとドアを揺すっていた。
私は噛まれた傷が腫れて膨れ上がり熱が出て
眠れないまま朝を迎えた。
朝、台所を開けると
まおさんが神妙な顔で待っていた。
「えらく反省しとるね。あなた。」
声をかけると
何度も何度も手に擦りつき
ごめんなさいのポーズで腹を見せた。
子猫を再度見せると
不機嫌そうに唸ってさっと逃げてしまうが
襲いはしなくなった。
それから1ヶ月以上
まおさんは子猫を見るたび唸り続けた。
そしてそれが相当なストレスになり
まおさんはかなり痩せてしまった。
子猫は人にとても良くなついていて
聞きわけもよくすごく良い猫で惜しくも思えた。
だが、まおさんを不幸にする生活は考えられなかった。
子猫の飼い主を探すこと。
それを私は決めた。
まおさんのあの姿を見る限り
もう2匹目は飼えないだろう。
そう思うことになったきっかけは
そんな事から始まったのだった。
そしてこの時の灰色の子猫が
私の猫とのあり方を決めるきっかけになるのは
私もその時はまだ知らなかった。
=続く
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(モデルはかな猫保育園2期生の冬ちゃん)
まさかこんな姿を見ることがあるとわねっ!
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