201147(木)

ロミィの涙

猫話×153

ロミィの涙

数週間前から

深夜、横になると
階下から咳の音がかすかに聞こえていた。

そして我が家の押入れから
タバコの匂いがしてくる。

この家は大家さんが自ら建てたそうなのだが
どうも我が家の寝室の押入れと
階下の寝室の押入れの気密が良くないらしく


下でおじいさんが寝煙草をするその煙が
上がってくるらしかった。



居間はまったく音も
煙草の匂いもしないのだが
何故か寝室の押入れだけは
匂いが上がってくるのだった。



おじいさんが夜咳き込んで起きると
そのまま床で一服してもう一度寝るらしい。


聞こえるほどの咳をするくらいなら
吸わなければいいのに・・・

そう思いつつ苛立ちながら押入れを閉める。


押入れの薄暗い環境の大好きな まおさんは
閉められたことに不満でいつまでも鳴き続ける。


抱き上げた彼女の身体からも
煙草の酷い臭気がして
ウエットタオルで彼女の身体を拭く。




お母さんがアレルギーでごめんね。

ごめんねごめんねと拭き続けるうちに
涙がぼたぼたとまおさんの身体に落ちる。




東京の専門医で診断を受けてから
もう6年になる。

その間ずっと私は
他人の嗜好品に苦しめられている。



もっと酷い人はたくさん居る。
だから、まだ自分はましなほう。
だから我慢しなくては・・・。


そう思いながら逃げ場のない悲しさに
何度か本当に死のうかなと思ったこともあった。

煙草のアレルギーだと診断されたからだ。

親が元々二人とも酷いヘビースモーカーだったために
私の許容範囲は簡単にあふれてしまったらしい。




まおを残しては死ねない。

いっそ彼女を殺して自分もと
まおの首に手をかけても


まおは黙って私を見つめ
喉を鳴らしている。


どうしてその信頼しきった目を
裏切ることができるだろうか。


そのままだらだらと私は生きながらえてきた。

まおさんの存在のおかげで。



階下の人間がヘビースモーカーだと
気づいたのは引越しの際の
挨拶のときだった。

挨拶の際にあけた階下のドアからの
煙草の強烈な臭気で
涙が止まらなくなって
咳き込みながらの挨拶だった。

冬はいいけれど
夏になって窓を開けるようになったら
どうしたらいいんだろう。

そうなれば前の家のように
窓を開けれないままで
生活しなくてはならない。

引越ししたばかりの部屋の
白いフロアの床板に
鼻血がボタボタと落ちるのを
私は泣きながら見つめていた。


切なくて涙が出た。







数日前


家のチャイムが鳴って玄関に出てみると
そこに階下のおじいさんがいた。


お出かけなのか
見たこともないような
こざっぱりとした服を着ていた。


家の前の道路には
タクシーが止められていた。



おじいさんは

「今日入院してすぐに手術するんだ」と言った。

「もう肺が潰れていて
 手術しないとダメなんだ」と。



あの咳は
そういうことだったのかと
驚くと同時に

それでもまだ煙草を吸っていたのかと言う
驚きが怒りになってさらに呆れてしまい
私はただただ呆然とするばかりだった。






「で。すまんけどね、猫なんだ。

 やっぱり手術はしないで欲しい。

 俺が手術する段でやっぱり俺も怖いから
 猫も怖いと思うんだ。

 だからやめてほしい。」



そう言うとおじいさんは
タクシーに乗り込んで行ってしまった。


「・・・・」




苦々しい思いでポストを見ると

ちらしの裏にマジックで
おじいさんが書いただろう手紙が入っていた。




「下のプラスチックのバケツに
 猫の餌が入っているので
 俺が退院するまで餌をやってて欲しい。

 もう暖かくなってきたんで
 外でもこいつらは大丈夫だろうと思うから。」




・・・・・・・・・。


「メスねこの名前はロミィ・オスねこはゴン太です」





・・・・・・。





シマ姐さんロミィは
階段の下に置かれた皿に
たっぷり盛り付けられたオカカを
モリモリと食べていた。


トラジロウ ゴン太は
私に警戒しているのか
全然近寄ってこなかった。




ロミィも私が近寄るとさっと逃げてしまう。



・・・・・・・








くそじじい
だまし討ちやんけ!!!!




いらだつ気持ちでそのまま部屋に戻り

風呂場ーズが使っていた
猫箱と猫ベッドとウオーターサーバーを用意して

階段下の雨の当たらないだろう場所に設置した。
猫箱の中には新しいフリースをしいてやった。



「猫に罪はないんだ。猫には。」



ひたすらに自分に言い聞かせて設置をし
そのまま部屋に戻って私はフテくされていた。



夕方


買い物に出かけようと
私が階段を降りると

ロミイが走ってきて激しく鳴いた。


そしてしきりにおじいさんの家の
玄関の前と私の場所をぐるぐると
ただ鳴きながらうろつく。

言いたいことはわかっている


このドアを開けて欲しいのだ。


「・・・そうだよね。今までおじいさんの
 おうちの暖かい場所にいたんだもんね。

 でも、おばちゃんね、
 そこを開けることができないの。


 だから 


 ごめんね。ロミィ




 ロミィの頭をなでようとして
 かざした手に






ロミィはガブッと食いついた。




穴があいて血がぶっくりと出た。











「こーのーくそねこー!!!
てめぇじじいに良く似てるわ
このドアホがー!!」




怒鳴りたいキモチをこらえて



首筋をがっと掴むと

コートにくるみ

がしっと抱えて
ぐりぐりぐりぐりと


ロミィを上から揉みしだいてやった。


そして



「大丈夫。お前は悪くない。
お前が悪いんじゃない。

おばちゃんがついとるで。

じいちゃん戻るまで一緒に待とうな。」





小さな声でロミィに話しかけて
抱え込んだコートの上から
ゆっくりとなでた。





最初は硬直していたロミィが





ごろ。ごろ。ごろ。

と静かにのどを鳴らし始めてくれた。





「もうええかな。」


地面に下ろしたロミィは逃げもしないで
私のほうを見つめている。




見上げたロミィの目には

大粒の涙が溜まっていた。




ロミィも悪気があったんじゃない
彼女も不安で不安でしょうがないんだ。







こんな時。いつも思う。




神様はどうして

私をこんなに無力に作ったのか。





本当に本当に


ただ、ただ 切なくなる。







私の両手はたった2本で
その右手には眞緒がいるのに。






どうしてこんなに
酷い選択を私に与えなさるのか。









「神様って奴も
 ただの空気読めない
 クソジジイだよなー」



ふてくされてつぶやいてみる。




本当にどいつもこいつも
くそじじいばっかりだ!!!

やるせなくてただ涙だけが出る。









階下のおじいちゃんが
病院に行って早4日




ゴン太は姿を見せなくなった。





ロミィは階段下から道路を見つめている。
猫箱に入ったままで。




大好きな人が帰るのを。




画像







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