201166(月)

母恋猫

猫話×153

母恋猫

「あら、あんたも猫飼ってるの?」

以前、よく通っていたおでん屋の女将が
私の携帯の待受を見て声をかけた事があった。


「うん。まぁあんまり性格のいい猫じゃないけどね」
私はおでんにかぶりつきながらそう答えた。


「そうなの…。やっぱり洋猫の血の入ってる子は
 性格がいまいちなのかしらね…。」


「やっぱり?って、女将も猫飼ってたっけ?」


「私じゃないんだけど、妹がね…」



その話を聞いた時はもう半年も前で
それから女将の店にもなかなか行けず

再度訪れたときにはそれから3ヶ月ほどが経っていた。


「さて、帰るかな。お勘定いいですか?」
食べ終わってお札を手渡した。

「ずいぶん早いのね。あ、猫ちゃんが待ってるの?」
おつりを渡しながら女将さんが言った。

「うん、まぁそうだね。早く帰らないとね。怒るし」

「やっぱりねぇ。この手の猫って気難しいの?」

「えーと妹さんとこの猫、なんか問題でも?」

「うん、そうなのよ。実はね…」


女将さんから聞いた話は以下のようなものだった。



女将の妹さん、A子さん宅の猫は13歳
洋猫の血が入った綺麗な雌猫だった。

名は マリコと言った。


A子さんと旦那さんは再婚同士で
旦那さんの奥さんは10年ほど前に亡くなったらしい。

亡くなった奥さんが13年前に
子どもの代わりにともらってきた猫。
それがマリコだった。

溺愛してくれた奥さんにマリコは非情に懐き
反対に仕事であまり家に居ない旦那さんには
ほとんど懐かなかった。

それだけならよくある話だった。


猫を飼い出して3年程たったある日
奥さんが亡くなった。

決められた餌と水。

そしてトイレの始末。

それだけやってと、亡き妻に頼まれた旦那さんは
そのままマリコと半年を過ごした。


半年ほどして新しい女性がその家にやってきた。

亡くなった奥さんのような猫好き。
その女性になつかないまでも
マリコには不自由のない日々がすぎていった。

5年程不自由のない生活が続き
やっとマリコも心を開いたかのように思えた時

その女性はもう二度とその家には訪れなくなった。


そして入れ違いにやってきた人が
A子さん。女将さんの妹さんだった。


元々動物全般が苦手だったA子さんが
まず条件として出した話は


寝室に猫を入れない。

だった。

そして旦那さんはその条件を受け入れた。


8年間
安心して眠る場所だった寝室から
マリコの寝床が運び出された。

ドアをひっかき、夜通し鳴いたが
ドアは開けられずカギがかけられることになった。

猫の餌や水、トイレは旦那さんの役割になり
深夜まで遅くなったりする場合には
2日や3日トイレが綺麗にならないこともままあった。


そんな日々が約1年ほど続き

ある日A子さんが
バスルームにしゃがみこむマリコを見つけた。

マリコは器用にバスルームの排水溝にしゃがみこむと
そこに排尿していたようだった。


「どおりで時々臭いと思った」


A子さんはマリコにスリッパを投げつけると
入り込めないようにドアを締めた。

けれども何度かその現場を見ることになってしまう。

その都度大きな声で威嚇しているうちに

マリコはソファの下、カーテンの下
押入れの中 玄関のマットの上
たまたま締め忘れた寝室の布団の上で
おしっこをするようになった。


「やっぱり年だからしょうがない」

旦那さんはそう言った。

「どうせあと何年も生きないだろうし」


愛情らしきものは感じられない言葉だった。



「やっぱり、猫も年を取るとダメなのね?」

女将さんが私に聞いた。

「それは…明らかにストレスのスプレーっていう行為で
年とかのせいじゃないと思いますよ。」

「たとえば寝室をいきなり変えられたのもそうですし、
なついてない人が大声だして追いかけ回したら
気が休まるとは思えませんよ」


「…なつくわけないと思うんだよねぇ」
と女将は言いずらそうに続けた。


ある日、妹さんの家に遊びに行った女将が
変なものをリビングに見つけたのだと言う。

100円均一で売っているような
安っぽい傘が何本も置かれていたのだと。


「なんで傘なんかあるの?」


女将がそう聞こうとしたとき
マリコがソファの下へ歩いていった。

それを見るが早いかA子さんが傘を手に取り
マリコの脇腹を傘でつついたのだと言う。


「この猫ボケちゃって座ったらすぐにおしっこするからさ」

忌々しそうにタバコを吸ってA子さんはさらに続けた。

「ホントは猫なんか大嫌いだから触りたくもないんだけど
亡くなった奥さんの猫だから旦那が煮え切らなくてね」


「でも、そんなことしたら可哀想でしょう」
女将さんが言うと

「このおしっこ臭い中で暮らす私の身にもなってよ。
いい洋服もおしゃれなカーテンも
みんなこのバカ猫が台無しにしたのよ
旦那が買ってくれた旅行カバンにさえ
入り込んでおしっこしたんだからね!」

あまりに激昂するA子さんにそれ以上言えず
女将さんは見てみないことにした。


「でもやっぱり、その猫がなんか可哀想でね。
なんかしっぽの付け根とか毛なんかがはげていてね
最近はすっかりガリガリになってんのよ。
妹は年のせいだよと言うんだけど…」

「……それ、虐待ですよ。立派な。
旦那さんは知ってるんですか?」


旦那さんは知っているとは思うが
老人施設に入っている自分の母の面倒を
なにかれとなくしてくれる
A子さんを失いたくないんだろうと話した。

A子さんにしてみれば嫌いな猫だが
亡くなった前妻の持ち物を勝手に処分するようで
旦那に言い出せないと言う。



「…妹さんがその家に行って何年でしたっけ」


「もう5年位になると思うわ。」


5年間もマリコは自由を奪われ
毎日つつき回され
そうして暮らしてるのか。

思っただけでめまいがして怒りで指先が冷たくなった。




「…それ、その妹さん。

私と話は出来るでしょうか。

理由はなんでもいいです。
おしっこのしつけでもなんでもいいですから。」


「うーん。そんな年の猫の
おしっこのしつけなんか出来るんです?」



「いえ。最初からそうじゃなくて

それは猫にも人にも不幸なことです。
できれば新しい飼い主さんを探したほうが…

辛くても手放すことも愛情の場合もありますよ
実際、年配の猫でも
飼い主さんが見つかったケースはあります。
おしっこはストレスが原因だと思うので
数ヶ月で矯正できると思います。」

女将さんはしばらく考え混んでいたが

「うーん…わかったわ。私も猫が可哀想だから
妹になんとか話してみるわね」

そう約束してくれた。

その日は女将に
私の携帯番号とアドレス書いた紙を渡して

その猫が今どうしているのかと思いつつ
そのまま家まで帰った。


数日待ったが
女将からなかなか返事が来なかった。
が、

待ち焦がれた返事は
ただ1通だけメールで

「妹が乗り気じゃない」と
返事がきただけに終わった。


煮詰まった私は

その猫がどうしているのか
それだけがずっと気にかかっていた。


13歳と言えばうちの猫ともさほど変わらない年で
10年もの間

愛してくれた「お母さん」
ただ主と決めた人を恋焦がれてただけなのに


人間のとんちんかんな無知のせいで
挙句に5年もの間虐待され続けてる。



猫にすれば一体どれだけの絶望感か。


もし、自分の猫がそんなことにあったら…

思っただけで寒気で腕がボツボツになる。


もし、引き取ったとしても
その子をどうするか。
飼い主さんを見つける間どうしたら。




頭の中がただ、ぐるぐるとしてめまいがした。





ある日、ロミィの寮費を納めにいった猫カフェで
hさんと猫の活動について色々な話をした。


「…よく、私は何もできないですが
保護だけお願いしますとか言われますよ。」


苦笑いしつつhさんが話してくれた。

「緊急性のある子とかは動いても
どうしょうもないことって本当にありますよ」



その言葉を聞いて
その時にhさんにマリコの話をした。



自由を奪われ虐待され続けているマリコ。

どうせ死ぬからと世間体の手前、手放さない旦那さん。

元々猫嫌いなのに旦那さんの手前
嫌だと言えないA子さん。



人の飼い猫である以上、どうしようもない私。



「野良だから」と

周囲から邪魔にされていたロミィとは
全然立ち位置が違う。



「これ、関わっちゃうと本当に私
 猫さらいになっちゃいますよね」

ぼつりと言った。


「…。」


hさんの顔を見ると
怒りで顔が青白くなっている。
ちょっと鋭い口調でhさんがこう言った。


「それ、かな猫さん。動いちゃいましょうよ。

 誰もその猫のこと愛してないじゃないですか。
 なんでそんなに何年も虐待なんて。」


もっともな意見ではあったが、
かと言ってそうも行かず。


「そのA子さん、猫嫌いで
 もう置いておきたくないんですよね。
 しかも旦那さんもどうでもいいって感じで。

 じゃ、せめて説得して猫を譲ってもらうか
 旦那さんがNoと言うなら
 ドアから間違って逃げちゃったことにしてもらって
 私たちでその猫をどうにかしてあげましょう!」

hさんに促され


「とりあえず妹さんでもいいから
 私と話をして欲しい旨をさらに続けておきます。
 なんでしたら私が旦那さんを説得するほうも
 なんとか頑張ってみます。

 うまく保護できたらその際には
 なんとかおしっこの矯正は私がやってみます。
 飼い主の募集の際はお世話になります。」

力強い言葉に後押しされて
すぐに大家に直談判に行った。


知り合いの猫さんを預かることになるかもしれない。
(1~2ヶ月単位)
元々飼い猫で外に出たことがない飼い猫だと言うと

大家は「あんたの好きにしたらいいでしょう」
ただし、爪とぎなんかはさせないでね。
と快諾した。

ロミィの時とは雲泥の差だった(怒)



それから何度か女将のところに行き
なんとか妹さんを紹介してもらえるように
話したが

妹さんの側で会いたくないというつれない返事だった。


だが、数日前に

「妹が話をする場をもってもいいという話をしている」

そういう知らせを受けた。

「では、妹さんの都合のいい日にちをお知らせください」

やっと解ってくれた!
なんとか動くかもしれない。



そう思っていた。





その矢先…女将からメールが来た。



















「猫が死んだそうです」





信じられない気持ちで
女将に電話をかけた。

いきさつはこうだった。




マリコは2~3日前から体調が悪く
その日もヨロヨロとバスルームに
排尿のためか入り込んでいたらしい。

それをA子さんが見つけ


怒鳴りつけ
いつもより強く横腹を傘でつついたら




…マリコはそのまま

吐いたままで痙攣し動かなくなってしまった。



それから数十分して再度見に行くと


もう横たわったままの目には
光がなくなっていたそうだ。






数日前から

マリコが酷く痩せ
毛も抜けて弱ってきたために



なんとかしてもらおうと
私と話をしてもいいと 連絡してきたそうだ。






もう、マリコの身体はボロボロになっていたのに。










hさんに

マリコのことを報告し

すべて終わったことを確認する。















「おかーさん。」



マリコの声が聞こえた気がした








10年待ち続けた

お母さんの腕で

今は安らいで眠っているのだろうか
















どこかで死んだ たった1匹の猫が

私の胸に焼き付いて離れない。





その毛の色もその声も

何も私は知らないというのに。







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