2006128(金)

道産子達の坂道、ばんえい競馬頑張れ!


北海道から遠く離れたこの地で暮らし始めて3度目の冬がやって来ました。

チリンチリン!
誰かが鳴らす出発の鐘の音。
ミサキは大きな鼻の穴から、白い息を蒸気機関車の汽笛のように吐くと、
今日も子供達やお母さんで一杯になった大きな馬車を引き始めます。
動き出すと子供達からの歓声が上がりました。

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「バスみたい!」「すごい力だね」「ミサキ~、頑張れ!」
馬車を引くミサキの耳には子供達の声がよく聞こえました。
コースを一周するのに、途中までは軽い登りになっているから、ミサキは体を軽くゆするようにパカパカと足音を響かせて進みます。
手綱をひく係のお兄さんが「ミサキ、もうちょっとだよ!」と声を掛けてくれる頃から、
ほんの少し、人には気付かない位の下り坂になっているので、お兄さんは僅かにブレーキを引きながら乗降場までの道のりを、ミサキの力を抑えながら進めて行きます。

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「はい、終点~」
到着の合図で再びベルを鳴らすと、子供達は馬車から降りて、
ミサキのご褒美にと、細くきったにんじんを係りのお姉さんにもらい、
おっかなビックリ、ミサキの口元に運んでくれます。

「優しいから、触っても大丈夫だよ、撫ぜてあげてね」
初めて触れる馬の体、見ただけでは分からない、つややかでやわらかく、そして何よりもばんば馬の持つ漲るような力強さ。
タテガミにピンクの編込みこみでおしゃれをしたミサキの眼は優しい光を放って子供達とカメラに収まっています。

「このお馬さん、ばんばって言ってね、競争をしていた馬なんだよ・・・、」
「すごいね~、ディープインパクトみたい!」
「あのね、1000キロの荷物を引っ張るんだよ」
首をかしげて不思議がる子供の様子と、係のお兄さんが話す、耳がくすぐったくなるような話を聞きながら、
遠い昔、同じように人々の話し声が聞こえた、懐かしいふるさとの思い出がミサキの見上げる青い空に広がるようでした。


今日一日の馬車引きを終え、厩舎に戻って、きれいに体をブラッシングしてもらい、楽しみにしている食事の時間が来ます。

ミサキは、係のお兄さんの話に耳を疑いました。

「ばんえい競馬がなくなる・・・。」

ミサキの首から提げたカウベルが大きな音を立てて厩舎の外に響きました・・・。




今日は帯広競馬場のばんえい競馬が開催される最後の日です。

競争に向かう馬達は口々に今日が最後の競争になる事を話しています。

「もう競争しなくっていいんだってさ」
「どうなっちゃうの?俺たち?」
「ミサキみたいにどっかに行かなきゃならないのかな・・・」
「暖かいの苦手なんだけどよ」
「俺、ここが好きなんだけど・・・」
「お前、今日はどうよ?」
「俺?わかんねえよ。前より軽いらしいけどさ」
「俺今日は重いんだ~。このあいだ勝っちゃったからさ」
「競争なくなったらどうなるんだろう」
「叩かれなくていいさ・・・」

「スーパーペガサスよぅ・・・」
「なんだい?」
「お前、4年続けて優勝してるだべ」
「ウン」
「一回ぐれぇ俺に譲れ」
それを聞いた別の馬が一言、
「おめえが良くても、客がゆるさんべぇ」
「ホントだ!」
馬達がおかしくて笑っています。

そんな中、競争を終えた馬達が帰って来ました。
どの馬も顔を青くして、下をむいて歩いています。
さっきの馬が声をかけました。
「おい、ご苦労さん、どうだった?」
「…俺達殺されちゃうんだ・・・」
「肉にされちゃうんだ・・・」

さっきまで楽しそうに話していた馬たちは、声を失いました。
「お客さんが言っていたよ、お前ら肉になるって・・・」
「うそだろ?」
「泣いてる人もいたさ・・・」

馬達が顔を見合わせる間も無く、
「さあ、いくぞ!」
係りの人たちが馬達をせかしてスタートへと向います。

今日は年に一度の「ばんえい記念」の日、そしてこれから始まる優勝戦は、ばんえい競馬最大の賞金を競う一番のレースです。

今日が最後のばんえい競馬と聞いて、帯広、十勝は言うに及ばず、北海道中、日本中からお客さんが詰めかけています。

10頭の馬がゲートインして、さあ、ばんえい競馬最後のレースがスタートです。
馬達は今まで聞いた事がない大きな声援の中、一団となって第一障害を次々に越えて行きます。
最大の難所、第二障害に差し掛かると、騎手は一度馬を止めて、最大の障害を越える為に、馬の息を整えて最後の勝負です。
「さあ、それ!」
いっせいにムチが入り、1000kgの荷を引いた馬達が必至の形相で坂を上り始めました。

歓声はさらに高まり、観衆の声が悲鳴のように場内を包んだその時です。
「かわいそうに、勝っても負けても肉にされちゃうんだ・・・」
誰かの言った一言に、周りの観客の声が消えたように静かになりました。
そんな声が馬達の耳にも入ってきます。
それでもムチの入った馬達は必至に坂を越えようともがいています。
その時でした、
「登るなー、登るな~、越えたら、ゴールしたら殺されちゃうぞ~」
子供の悲鳴にも似た声が馬の足を止めました。

よれよれのジャンパーに毛糸の帽子をかぶった老人が馬たちに駆け寄りました。
「登っちゃなんねえぞ、登っちゃ・・・、」
低い小さな声でしたが、馬達には充分でした。
老人の声に応えるかのように馬達は登るのをやめました。
鼻から白い息を、車の排気のように荒々しく吐きながら、馬達は騎手たちのムチにもびくともせず、ただ坂の上を見据えています。
観衆の声、ただならぬ雰囲気にようやく気がついた騎手たちは、ムチ打つことをやめて、何が起こったのかがわからずにオロオロするばかりです。

「登れ!」「登るな!」と、観客席では小競り合いも起きています。

その時、手に持っていたカップ酒を一息に飲み干したメガネの男性が、
馬券を破って空へ撒き散らしました。

「ばんば達よぉ、俺の気持だ、受け取ってくれ~!」

その姿につられて、
「そうだぁ~!」
「ばんばなくすな~!」

次々に馬券が宙を舞います。まるでさくらの花びらが舞い踊るように、冬まだ寒い、雪のちらつく帯広競馬場は、一足早く春を迎えたように沸き立っています。
場内放送は何か言っているようですが、みんなの耳には届いていません。
先ほどのメガネの男性がモツ煮込みの器を警備員に向ってぶちまけると、
「ばんえい!ばんえい!・・・」と叫びだしました。
あっという間に競馬場は「ばんえい、ばんえい」のコールで地響きに似た
渦巻くような声が響いています。
 
コースに仁王立ちする馬達も、レースを終えて厩舎に戻り、うなだれていた馬達も、鳴り響く声に、大きな瞳をほんの少し潤ませて、青い空の彼方を見つめています。

遠く離れたかの地のミサキが見上げる空と同じ空を。


ばんば達の目の前に広がる坂の向こうにはどんな運命がまっているんだろう。

それは夢だったのだろうか…。

夢の続きはどうなるのでしょう?

僕はもう一度夢の中に戻りたくて目をつむりました・・・。




※表現や内容がばんえい競馬の実際に合っていない所もありますがお許しを。






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 ABOUT
maikyon
私は富山県在住で、知人が帯広に居り、とても親しみを持ってこれまで拝見させていただいておりました。富山の話なども織り交ぜながら、楽しく十勝とお付き合いさせていただこうと思っています。どうぞよろしくお願いします。
年に2~3度、十勝の空気を吸い、十勝サーキットを走り、防風林のある景色を眺めるのがライフワークです。

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