日々雑感の事(61)


2010325(木)

ちょっと凹んでいること


前の職場の同僚。

たまにしか出ないうちのバンドのライブを見に来てくれる友達が旦那さんの転勤で来月、引っ越す事になった。

一見クールだけど、気配りができて、しかもそれをさりげなくやってしまう、素敵な女性。

自分がクソ忙しい時、自分の残した雑用をきれいさっぱり片付けてくれた事もあった。

あの時は本当に嬉しかった。

部門を持って、レジも担当で忙しいはずなのに
「ありがとう、助かったよ」と言っても
「いえいえ」と、さも当然の事というような涼しい顔で
答える横顔にはちょっとホレた。
デキるオンナ、だったなあ。

寿退社してからもライブを見に来た時は
「良かった」と必ず言ってくれた。
あれは自信になった。

まさか引っ越し、という話が出るとは思わなかったので、
ちょっと凹んでいる・・・

でも

「子供は嫌い」とか「言い放つ」名言が多数ある彼女は
引越しをしてもその土地でクールで居るんだろう。

遠征ライブに行っても良いしね。

「来れば?」とか言われるんだろうなあ・・・



2010120(水)

借りたら高かったので・・・


借りたら高かったので・・・

先日の嵐山はメムロスキー場で借りたスキーが
思ったよりも高かった(Expensiveね)ので、
「買っちゃおう!」と思ってたここ数日。

市内のリサイクルショップの2階にかなりの数
揃っていたのでそこへボンズと行って即決!

ボンズは初マイスキーに少々コーフン気味。
自分もスキー買うの20年ぶりくらい。
中古だけどまずまずかなあ、と思う。

ポールとゴーグルは某スポーツショップで購入。

帰って来てから茶の間で履いて「うへへ~!」と
喜んでいたボンズ。

脱ぎ履きが自分で出来るようになればいっちょ前。

今シーズンはあと何回行けるかな?



201018(金)

ケンミンSHOWの・・・


ケンミンSHOWで、「かぼちゃ汁粉」??
が放映されたそうですが、

じつは先月上旬、ウチの店に
「ヒミツのケンミンSHOWを製作しております
○○と申します」
という電話が入りました。

「北海道地方では冬至に食べるかぼちゃをお汁粉に入れるという事を耳にしたんですが、その真偽の程は? そしてレトルト、もしくは真空パッケージのような状態で『かぼちゃ入り汁粉のようなもの』が販売されているという情報を手にしたんですが、真実でしょうか?」
という内容でした。

ウチの店の惣菜では冬至前には「冬至かぼちゃ」を毎年
店頭販売していましたが、レトルト・真空パッケージ
のようなものは販売した記憶・実績がなく、調べてみると
そのような商品は各メーカーから実際に販売されてはなく
その事実を伝えると
「・・・ああ、そうでしたか・・・」

多分、北海道の冬至には各家庭でこのような
「冬至かぼちゃ」のバリエーションがある。 
しかし北海道では市販のレトルト食品、冷凍食品
がある!!てな展開の番組制作がしたかったのでは
ないかと。

なぜにウチの店のような会社の中でも小さい方の店に
取材が来たのは不明ですし、多分ほかの企業にも取材
をしたんでしょう。

でも、自分たちのイメージした成果は得られなかった。

それなら、ということで正月に絡めた事実と乖離した
「歪曲された」内容になったんでしょう。
餅入りの姿になったのがそれを証明していると思われます。

自分たちが何気なく口にする普段の食材をネタに
制作された番組が、事実と全く異なる内容になった、
という事には憤りを感じます。

自分は冬至にはかぼちゃの煮つけを食べて育った人間で
すが、北海道で食べられている「冬至かぼちゃ」も
「この土地の季節の食べ物」としての認識がありました。

自分は出身はフクオカという事になっておりますが、
北海道に来てからの時間が人生の半分を当に超えました。

そんな自分が、北海道で昔から食べられている食べ物
について捏造されたような番組を放映されて(見てないですけど)
「それはどうよ?!」と思うんですから、
実際に番組をご覧になった皆さんの感想やいかに?!



20091216(水)

今年もあと半月、つーわけでもないけどさ


今年もあと半月、つーわけでもないけどさ

今日は一日「これでもかっ!」てくらい寝たので、
風邪をようやくやっつける事が出来たです。
ご心配いただいた皆さん、ありがとね。

そんなわけで、寝ながらうつらうつらと
「今年はこんなだったなあ」
なんて考えたら、自分にとってはこの一年はけっこういい年
だったんではないか?と思いました。

「かぞえ」でいくと今年は本厄。
元旦に初詣をして、こんな雲をみつけた。

画像

今年は幸先いいや、と思った。

厄払いもしてもらったし、店にある神棚も大事にするように
気をつけた。

会社的には厳しい一年だったが、ウチの店は年間を通じて
好調を維持できた。 忘年会を楽しくすごせたのがその証拠。

バンドの方も6年越しの念願だった「野外」についに出演させてもらえた。 このまま死ぬんじゃないか、というくらい気持ち良かった。
その直後に大事なメンバーが転勤で脱退せざるを得なかった
のは本当に辛かったけど、すぐに新メンバーが現れて、
活動を再開できたのはラッキーとしか言いようが無かった。

ヒメが部活をはじめたり、ボンズがサッカーでゴールを量産したり、チビズもそれぞれがんばった。
カミさんも毎日仕事が忙しい中、がんばってくれた。

一年の計を立てたわけではなかったが、次々に目標が現れ、
それをひとつずつクリアしていける、建設的な一年だったかな。

たしかに「あれやってない」「これは途中だ」てなことも
数あれど、全体の割合からみれば7勝3敗、くらいの勝率
(明確な根拠はなし!)だったかな?

皆さんにとっては今年はいかがでしたか?

・・・まだ半月残ってるけどね・・・









2009930(水)

昭和16年の十銭


昭和16年の十銭

ひょんなキッカケで手に入った「昭和16年の十銭」。

ちなみに十銭とは「じっせん」と読む。

画像

昭和16年とはどんな年であったのか?
軽い気持ちで調べてみたらば、この年は日本の歴史においては大きな節目の年であったと分かった。

支那事変(日中戦争ともいう)は膠着状態、日中交渉決裂、近衛内閣が倒れ、東条内閣が成立。

この年の12月8日。
真珠湾を奇襲し、アメリカに対して宣戦布告。
米国及英国ニ対スル宣戦ノ件外部リンク

この日を境に戦争への日々に突入していく事になるのだ。

昭和16年の1年間の国内外の動向を月別に表にまとめられているのがこちら
戦 時 年 表外部リンク

第二次大戦の動向を時系列順に並べた記述はこちら
太平洋戦争(第二次世界大戦)とは外部リンク

こんな時代にこの十銭はどれくらいの価値があったんだろう?

ゴールデンバット一箱が十銭。
そば一杯が15~16銭。
パイロット万年筆が3円。 だそうだ。

このアルミ貨はどんな人が持っていたんだろう?
そして何を買ったんだろう?

この硬貨が製造されてから68年。

日本には戦争はなくなったけど、世界のあちこちでいまだに戦争はつづいている。

昭和16年8月。
「内閣総力戦研究所」に軍部・官庁・民間からのエリートたちが集められ、「模擬内閣」を組織し、戦局の展開を予想。
「奇襲作戦が成功し緒戦の勝利は見込まれるが、長期戦になって物資不足は決定的となり、ソ連の参戦もあって敗れる」という「日本必敗」という結論を導き出したんだそうだ。
(「日本人はなぜ戦争をしたか―昭和16年夏の敗戦」より)

その時、東条英機が大英断を下し、戦争回避に走っていたならその後の日本はどうなっていただろう?

・・・秋の夜に、ふと考えてみた。




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