2013年11月13日(水)
ZZ Top かっちょいい~~~!!
2013年11月9日(土)
帰天
日々雑感の事×61
福岡の高校の先生が亡くなった、と連絡が入った。
キース・ウーリック神父。 英文担当。
「Hey! Boys! Let's Go!!」
が口癖で、たぶん卒業生全員このフレーズが刷り込まれている。
左利きだったので、黒板に左手で書きながら右手に持った黒板消しでどんどん消していく。
オーバーアクションで大音量で授業ががんがん進んでいく。
集中しなければあっという間に置いて行かれる、そんな授業だった。
廊下など、教室の外で会うと「Hey!Boy!!」と満面の笑みで話しかけてくれる。
「Hi,Father!」と返すのがお決まりだった。
※神父さんのことを英語で「Father」という。「お父さん」と同音異義語。
千葉に住む弟も同じ高校の卒業生。
ウーリック神父のお通夜・葬儀は東京の教会で行われ、お通夜には間に合った、と連絡してきた。
教会の手前で「Hey! Boys!!」が聞こえてきた、しかもそれは自分ひとりではなかったという弟の話は実にすんなりと受け入れられるなあ、と思った。
帰天されたウーリック神父に栄光あれ。
合掌。
キース・ウーリック神父。 英文担当。
「Hey! Boys! Let's Go!!」
が口癖で、たぶん卒業生全員このフレーズが刷り込まれている。
左利きだったので、黒板に左手で書きながら右手に持った黒板消しでどんどん消していく。
オーバーアクションで大音量で授業ががんがん進んでいく。
集中しなければあっという間に置いて行かれる、そんな授業だった。
廊下など、教室の外で会うと「Hey!Boy!!」と満面の笑みで話しかけてくれる。
「Hi,Father!」と返すのがお決まりだった。
※神父さんのことを英語で「Father」という。「お父さん」と同音異義語。
千葉に住む弟も同じ高校の卒業生。
ウーリック神父のお通夜・葬儀は東京の教会で行われ、お通夜には間に合った、と連絡してきた。
教会の手前で「Hey! Boys!!」が聞こえてきた、しかもそれは自分ひとりではなかったという弟の話は実にすんなりと受け入れられるなあ、と思った。
帰天されたウーリック神父に栄光あれ。
合掌。
2013年11月1日(金)
直訴は・・・
2013年9月28日(土)
退院、経過観察、そして
入院生活の事×70
点滴用のカテーテルがはずされ、尾てい骨の所のいぼを取った後の絆創膏もはずしてもらった。
外は連日30℃越えの晴天が続いていた。
7月3日は朝「大」が出た後、腸が痛かったり消毒がしみて痛かったり、なかなか辛い一日であった。
7月4日以降は腸が痛む事はなく、回診の時も「良くなって来てますね」と先生の嬉しい一言があったりしたが、微量の出血と分泌物は無くならなかった。
傷口のピリピリとした表面的な痛みはシャワーの後はあるものの、日中は気にならないほど少なくて、快適な入院生活だった。 毎日の食事も量は少ないが、工夫されていて美味しく食べられた。
7月8日には入院生活が3週間目に突入。 出血と分泌物はまだ続いていたが、かなり少なくなってきた。
先生は「もう少しですね」と毎日回診の時に言ってくれるが、まだ「退院」の一言はなかった。
看護師さんには「まだですかねえ?」とそれとなく「先生に言って欲しいなあ」というニュアンスを含めて何度か話してみた。
7月10日にようやく退院について先生と話す事ができて、12日を退院の予定日にしましょう、ということになった。
7月11日には退院後の生活指導があった。
夕方の回診では「しばらくは無理をしないように」と先生から伝えられ、7月12日の10時に退院が決定。
当初の予定の1.5倍の入院期間となったが、手術後の痛みは驚くほど少なく(頭痛を除く)、個室だったため余計なストレスもなく、看護師さんのケアも的確で安心して治療に専念する事ができた。
総合病院ではなく、専門のクリニックである「センチネルクリニック」で手術・入院をしてもらって良かった、と心から思った。
7月12日、退院の朝10時の空。
看護師さんは外来が忙しいらしく、誰もいなかったので挨拶が出来ず残念だったが、迎えに来てくれたカミさんと一緒に1階に下りて先生には挨拶が出来た。
3週間ぶりに外を歩いた。 駐車場までのわずかな距離なのにフラフラだった。 帰宅する途中、患部に当てるガーゼを買うためにドラッグストアに寄った。 わずか10分ほどの買い物の時間でめまいがした。 明らかに体力がなくなっている。 「しばらくは無理をしないように」という先生の言葉を思い出した。 無理する体力もないわ~!と思った。
8月5日、26日と診察を受けて、そして9月24日受診。
分泌物もほぼ無くなり、「診察は今回で終了にしましょう。」と先生からオッケーが出た。
7月12日の退院後1週間は休みをもらいウオーキングなどをしてリハビリを行ってみたが、職場に復帰すると仕事に耐えられる体力は戻っておらず、1ヶ月は本当にしんどかった。
体力が戻らないからだろうなあ~、と思っていた「めまい」
これを放置していた事がこの後、大変な事になるとは、この時は考えもしなかった。
外は連日30℃越えの晴天が続いていた。
7月3日は朝「大」が出た後、腸が痛かったり消毒がしみて痛かったり、なかなか辛い一日であった。
7月4日以降は腸が痛む事はなく、回診の時も「良くなって来てますね」と先生の嬉しい一言があったりしたが、微量の出血と分泌物は無くならなかった。
傷口のピリピリとした表面的な痛みはシャワーの後はあるものの、日中は気にならないほど少なくて、快適な入院生活だった。 毎日の食事も量は少ないが、工夫されていて美味しく食べられた。
7月8日には入院生活が3週間目に突入。 出血と分泌物はまだ続いていたが、かなり少なくなってきた。
先生は「もう少しですね」と毎日回診の時に言ってくれるが、まだ「退院」の一言はなかった。
看護師さんには「まだですかねえ?」とそれとなく「先生に言って欲しいなあ」というニュアンスを含めて何度か話してみた。
7月10日にようやく退院について先生と話す事ができて、12日を退院の予定日にしましょう、ということになった。
7月11日には退院後の生活指導があった。
夕方の回診では「しばらくは無理をしないように」と先生から伝えられ、7月12日の10時に退院が決定。
当初の予定の1.5倍の入院期間となったが、手術後の痛みは驚くほど少なく(頭痛を除く)、個室だったため余計なストレスもなく、看護師さんのケアも的確で安心して治療に専念する事ができた。
総合病院ではなく、専門のクリニックである「センチネルクリニック」で手術・入院をしてもらって良かった、と心から思った。
7月12日、退院の朝10時の空。
看護師さんは外来が忙しいらしく、誰もいなかったので挨拶が出来ず残念だったが、迎えに来てくれたカミさんと一緒に1階に下りて先生には挨拶が出来た。
3週間ぶりに外を歩いた。 駐車場までのわずかな距離なのにフラフラだった。 帰宅する途中、患部に当てるガーゼを買うためにドラッグストアに寄った。 わずか10分ほどの買い物の時間でめまいがした。 明らかに体力がなくなっている。 「しばらくは無理をしないように」という先生の言葉を思い出した。 無理する体力もないわ~!と思った。
8月5日、26日と診察を受けて、そして9月24日受診。
分泌物もほぼ無くなり、「診察は今回で終了にしましょう。」と先生からオッケーが出た。
7月12日の退院後1週間は休みをもらいウオーキングなどをしてリハビリを行ってみたが、職場に復帰すると仕事に耐えられる体力は戻っておらず、1ヶ月は本当にしんどかった。
体力が戻らないからだろうなあ~、と思っていた「めまい」
これを放置していた事がこの後、大変な事になるとは、この時は考えもしなかった。