2007年2月9日(金)
京かおり
2007年1月31日(水)
『生きているということは』
『生きているということは』
生きているということは
誰かに借りを作ること
生きてゆくということは
その借りを返してゆくこと
誰かに借りたら
誰かに返そう
誰かにそうしてもらったように
誰かにそうしてあげよう
生きてゆくということは
誰かと手をつなぐこと
つないだ手のぬくもりを
忘れないでいること
巡り合い 愛し合い
やがて別れの日
そのときに悔やまないように
今日を明日を生きよう
人はひとりでは生きてゆけない
誰もひとりでは生きてゆけない
(永六輔)
この詩は、私が別に利用しているブログのお仲間の方が好きな詩で
私も、とても共鳴できて時折思い出してしまう詩です。
永六輔万歳!!^^
生きているということは
誰かに借りを作ること
生きてゆくということは
その借りを返してゆくこと
誰かに借りたら
誰かに返そう
誰かにそうしてもらったように
誰かにそうしてあげよう
生きてゆくということは
誰かと手をつなぐこと
つないだ手のぬくもりを
忘れないでいること
巡り合い 愛し合い
やがて別れの日
そのときに悔やまないように
今日を明日を生きよう
人はひとりでは生きてゆけない
誰もひとりでは生きてゆけない
(永六輔)
この詩は、私が別に利用しているブログのお仲間の方が好きな詩で
私も、とても共鳴できて時折思い出してしまう詩です。
永六輔万歳!!^^
2007年1月30日(火)
その2 王子が産まれるまで・・・。
検査のために、不安を抱えながら、旭川に向かった私達は、
早速、外来で受診し先生にエコーで検査。
「う~んやっぱり、胸横に4.5センチの腫瘍あるね」と・・・
胎児浮腫ではなさそうだけど。。。。??
「また、病棟へいって詳しく検査しましょう」との事・・。
病室へ案内され、着替えてあわただしく、検査が始まる。
内診、また、エコー。エコーは4.5人の先生、研修医に囲まれて行われる
胎児をくまなくチャックする。
「唇の亀裂はない、指の確認、心臓も大丈夫、肺、腸もガスがたまり始めて
いるので、外に出てくる準備をしているんですよ・・・。あとは、腫瘍、
腫瘍は、リンパ液が中にたまっている、、、血栓もみられないから、
手術も可能だね」っと医師同士での会話・・・。
その後、MRI検査。
検査も終わり病室に戻ると、先生から、MRIの結果が出てないけど、
たぶん、「リンパ管腫」というものでしょうという事。
大きさと、場所によっては、厄介だということと、中に血栓が無かった事で
最悪、出産後手術もできるからと説明を受けた。
手術がもしあったことを考えて、出産の日を決めて、準備を進めるとの事。
三日入院して1度帰って又入院する事にした。
11・27出産のため入院。
翌日、朝から促進剤を使っての出産が始まった。年齢もあるのか、いっこうに
子宮が開かない。バルーンも併用するが、まだ開きが悪い、、、。
痛みも増してきたが、結局母体と赤ちゃんに負担がかかったため、
子宮4センチ開いたところで、やめてしまった。
看護しさんが「あかちゃんまだ出てきたくないのよきっと」
「また、明日頑張りましょう」と・・・・。
翌日、また昨日と同じように、促進剤と、バルーン。
今日は、昨日のこともあってだんだん陣痛も進んできた。
耐え切れないほどの痛みのやってきたが、いまいち開きが悪く、先生が
人工的に破水させる。それから、痛みは、どんどん強くなり、
どのくらいの時間がたったのか・・・・。
赤ちゃんがうまれた。。。。。
すぐ胸に抱っこさせてもらい、しばらくゆっくりやさしい時間が過ぎていった
主人と赤ちゃんと三人で少しぼんやりとした、ほっとしたそんな時間が過ぎて
いった。カンガルーケアが終わったあと、小児外科の先生がきて、赤ちゃんを
診察・・・・。「先天性リンパ管腫で、すぐ手術の必要はないですよ、ただ、
これから月齢が少しいったら治療を開始していきましょうね、大丈夫だから
心配しないでね」といってくれた。
こうして、二日かかって産まれてきた、わが子はいまは順調にそだっています
二ヶ月目を迎えて、2月には、一回目の治療のため、また入院します。
二ヶ月に一度のペースで入院しながら治療していくという事です。
リンパが、ブドウの房のようになっていて、リンパの腫瘍をひとつづつ、
薬でつぶしていく治療だそう。
高熱がかなりでるとの事で辛いけどがんばらなくちゃと思っています。
早速、外来で受診し先生にエコーで検査。
「う~んやっぱり、胸横に4.5センチの腫瘍あるね」と・・・
胎児浮腫ではなさそうだけど。。。。??
「また、病棟へいって詳しく検査しましょう」との事・・。
病室へ案内され、着替えてあわただしく、検査が始まる。
内診、また、エコー。エコーは4.5人の先生、研修医に囲まれて行われる
胎児をくまなくチャックする。
「唇の亀裂はない、指の確認、心臓も大丈夫、肺、腸もガスがたまり始めて
いるので、外に出てくる準備をしているんですよ・・・。あとは、腫瘍、
腫瘍は、リンパ液が中にたまっている、、、血栓もみられないから、
手術も可能だね」っと医師同士での会話・・・。
その後、MRI検査。
検査も終わり病室に戻ると、先生から、MRIの結果が出てないけど、
たぶん、「リンパ管腫」というものでしょうという事。
大きさと、場所によっては、厄介だということと、中に血栓が無かった事で
最悪、出産後手術もできるからと説明を受けた。
手術がもしあったことを考えて、出産の日を決めて、準備を進めるとの事。
三日入院して1度帰って又入院する事にした。
11・27出産のため入院。
翌日、朝から促進剤を使っての出産が始まった。年齢もあるのか、いっこうに
子宮が開かない。バルーンも併用するが、まだ開きが悪い、、、。
痛みも増してきたが、結局母体と赤ちゃんに負担がかかったため、
子宮4センチ開いたところで、やめてしまった。
看護しさんが「あかちゃんまだ出てきたくないのよきっと」
「また、明日頑張りましょう」と・・・・。
翌日、また昨日と同じように、促進剤と、バルーン。
今日は、昨日のこともあってだんだん陣痛も進んできた。
耐え切れないほどの痛みのやってきたが、いまいち開きが悪く、先生が
人工的に破水させる。それから、痛みは、どんどん強くなり、
どのくらいの時間がたったのか・・・・。
赤ちゃんがうまれた。。。。。
すぐ胸に抱っこさせてもらい、しばらくゆっくりやさしい時間が過ぎていった
主人と赤ちゃんと三人で少しぼんやりとした、ほっとしたそんな時間が過ぎて
いった。カンガルーケアが終わったあと、小児外科の先生がきて、赤ちゃんを
診察・・・・。「先天性リンパ管腫で、すぐ手術の必要はないですよ、ただ、
これから月齢が少しいったら治療を開始していきましょうね、大丈夫だから
心配しないでね」といってくれた。
こうして、二日かかって産まれてきた、わが子はいまは順調にそだっています
二ヶ月目を迎えて、2月には、一回目の治療のため、また入院します。
二ヶ月に一度のペースで入院しながら治療していくという事です。
リンパが、ブドウの房のようになっていて、リンパの腫瘍をひとつづつ、
薬でつぶしていく治療だそう。
高熱がかなりでるとの事で辛いけどがんばらなくちゃと思っています。
2007年1月27日(土)
わが家の王子が産まれてくるまで・・・
“ | [img:1169796040 |
私は、昨年11月に男の子を出産したわけなんですが、
里帰り出産はせず、遠軽で産むことに決めていたのです。
理由は、母とは仲があまり良くないこと。。。^^;
冬の出産で、行き帰りが大変な事、わんこの事。。。なんかがあって
こちらの総合病院で産むことに決めいました。少子化問題なんかで
こちらは紋別の産科がなくなったとかで、全て遠軽で請け負ったらしく、
産科は忙しそう・・。とは言っても帯広ほど妊婦さんがいるわけではないけど
ドクターが3人くらいしかいなかったと思う。。。
その病院で36週(臨月)まで検診を受けてきて、特別異常もなく過して来た
のですが、突然今日から臨月ってその日に、胎児に異常があることが
解った。
先生の慌てた動揺した顔が今でも忘れられない。
左胸横に大きめな腫れ??腫瘍みたいなものがあるとの事。。。
すぐ医大で検査入院してもらうようにとのこと。。・・・・。
ここの病院には、小児外科がないのと、エコーでの診察で限界があること。
主人にも先生から直接話したいとの事で、翌日改めて二人で病院へ出向いた
「この時期にきてびっくりしています。今までたまたま見えなかったのか、
急に腫れが出てきたのか。。。なんとも判断が付きにくいのですが、どんな
病気でどんなものなのか、手術が必要なものなのかわかりません。」との事
呆然とした中で、家に帰り、今までの9カ月間を振り返り、自分を責めました
もうすぐ会えると思っていたのに。。。。涙が止まらずその日は泣き明かした
主人は、どんな子であっても僕達の子供であることにはかわらないし、
もし、障害があったとしても、それはその子のひとつの個性であるから
いいんだよ!!ふたりで赤ちゃんを大切に迎え入れようねと言ってくれた時は
気持ちが少し楽になった。
二日後検査入院のため、旭川へいった・・・・・。
「ちょっと疲れたので、また次回書きます。」
里帰り出産はせず、遠軽で産むことに決めていたのです。
理由は、母とは仲があまり良くないこと。。。^^;
冬の出産で、行き帰りが大変な事、わんこの事。。。なんかがあって
こちらの総合病院で産むことに決めいました。少子化問題なんかで
こちらは紋別の産科がなくなったとかで、全て遠軽で請け負ったらしく、
産科は忙しそう・・。とは言っても帯広ほど妊婦さんがいるわけではないけど
ドクターが3人くらいしかいなかったと思う。。。
その病院で36週(臨月)まで検診を受けてきて、特別異常もなく過して来た
のですが、突然今日から臨月ってその日に、胎児に異常があることが
解った。
先生の慌てた動揺した顔が今でも忘れられない。
左胸横に大きめな腫れ??腫瘍みたいなものがあるとの事。。。
すぐ医大で検査入院してもらうようにとのこと。。・・・・。
ここの病院には、小児外科がないのと、エコーでの診察で限界があること。
主人にも先生から直接話したいとの事で、翌日改めて二人で病院へ出向いた
「この時期にきてびっくりしています。今までたまたま見えなかったのか、
急に腫れが出てきたのか。。。なんとも判断が付きにくいのですが、どんな
病気でどんなものなのか、手術が必要なものなのかわかりません。」との事
呆然とした中で、家に帰り、今までの9カ月間を振り返り、自分を責めました
もうすぐ会えると思っていたのに。。。。涙が止まらずその日は泣き明かした
主人は、どんな子であっても僕達の子供であることにはかわらないし、
もし、障害があったとしても、それはその子のひとつの個性であるから
いいんだよ!!ふたりで赤ちゃんを大切に迎え入れようねと言ってくれた時は
気持ちが少し楽になった。
二日後検査入院のため、旭川へいった・・・・・。
「ちょっと疲れたので、また次回書きます。」
2007年1月24日(水)
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