去年の9月に入院した母は
2カ月後にあっと言う間に
亡くなってしまいました。
肺の持病がありましたが
私は母の辛そうにしているところを
見たことがなく
春に体調をくずしましたが
回復し、安心していたら
だんだん呼吸が辛そうになってきて
入院。
酸素ボンベをつけてすぐ退院するものと
思っていたら、トイレも自分で行けなくなり
起き上がって食事をするのも
辛そうでした。
入院長くなりそう…そう感じながら
毎日母の元に通い、仕事が終わってから
行くと少ししか会えませんが
出産後は毎日母と話をするなんて
なかったですから、野球の好きな母と
クライマックスシリーズや日米野球をテレビで
観戦しながら会話を楽しんでいました。
ある日、面会に行ったら母が気持ちよさそうに
寝ていたのでメモを置いて帰ると翌日
「あと何回会えるか分からないから
黙って帰らないで!」と言ったのです。
なんでそんなこと言うの?と思いながら
帰り車の中で一人で泣いていました。
それからは一人になる車で
毎日泣くようになった
毎日少しずつ弱っていくのが
感じるようになってお正月には家に
帰れないかも…と思っていたら
担当の先生からもう病気の進行を
遅らすことも、何もできなくなったと
言われ、看護師さんに「今日泊まりますか?」
と聞かれた。
私はどういう意味か分からず
返事に困っていると
「あ、私達がいるから大丈夫ですよ」と。
「え?そんなに持たないってこと?」
怖くてあとどれくらいなんですか?と聞けなかった。
その3日後、朝から胸騒ぎがして
お昼過ぎに実家に電話しても父が出ない
仕事の合間に飛び出して実家に行った
仏壇の祖父母に
「お母さんをまだ連れて行かないで!」
とお願いして、病院に向かった
父がうな垂れて「お母さん、あと2,3日だって」
一度家に戻り、子供達を連れて行くと
少し回復した母が牛乳を飲んだり、どらやきを
食べたりしている。
普通に会話もした。
「お父さんがいるから帰りなさい」
それが母の最期の会話でした。
母は家に帰る事ができるのか?
と考えるのが辛い日々に終止符が打たれた。
夜、台所に立っていると人の気配がして
振り返る…そんな事が何度かありましたが
先月49日が過ぎてから全く感じなくなりました。
母は天国に旅立ったのかしら?
お母さん、孫の受験を見守っていてね。
イサム妻でした。