2019年10月30日(水)
2015年インド旅行記⑧
旅行記×41
南インド最大の街チェンナイにやってきたが、私は気分が今ひとつ乗らない。
散策するには街の規模が大きすぎるし、尋常ではない人の多さに辟易してくる。
都会は買い物には便利だが、長く滞在する気分になれなかった。
私はチェンナイで料理本の購入や有名レストランでの食事をしたあと、バスに乗って以前訪問したことのあるマハーバリプラムへ向かった。
マハーバリプラムは、チェンナイから南に60kmほど下った小さな町だ。
石窟の町として知られ、世界遺産の史跡がある。
石細工のアクセサリーや石像が定番の土産品となっている。
ビーチが目の前にあり、欧米人の旅行者が多い観光地でもある。
都会のように洗練されていない分、土着的で地元色が強い印象を受ける。
前回訪問時に長期滞在していたこともあり、私にとって思い入れのある町だった。
バスから降りた私は、バススタンド近くの食堂で、カレー定食・ミールスを注文した。
テーブルの上にバナナの葉がはらりと敷かれ、数種類のカレーや副菜、米が次々と盛られていく。
私はぎこちない手つきでカレーを米と混ぜ合わせ、手ですくい上げながら口に運ぶ。
辛味。甘味。酸味。
サラサラの米に複数のカレーの味が混ざり、どんどん味が立体的になっていく。
南インドに来てよかった、と実感する瞬間だ。
食事を終えた私は安宿の客引きにつかまり、あっさりと宿を決めた。
荷物を部屋に置き散策をしていると、私を呼び止める声。
「おい、アンタ」
土産物店の入り口に座り込んでいた、六十代くらいの男が叫んでいる。
どうせ呼び込みだ。
興味もないし、と通り過ぎようとした瞬間、
「アンタは以前に見たことがある。随分前だが、ここに来たことがあるだろう?」
親父は気になる台詞を言った。
確かに1999年の旅で訪問していたから、2度目の訪問だ。
この親父が本当に私を記憶していたとは思えなかった。
こんな客引きをされたのは初めてだったし、直感的にこの親父は面白い人だと感じた。
私は足を止め、親父の話に付き合うことにした。
店内には、シバ・ガネーシャ・ラクシュミ・クリシュナ・・・
ヒンズー教の神々が石像として数多く陳列されていた。
親父の作品以外に、土産用として価格の安い作者不詳の小さな石像も揃えてある。
その小さい石像を手に取り眺めていると、
「アンタはインドの神では誰が好きなのか」
と親父が聞いてくる。
「やっぱり、商売の神であるガネーシャですかね」
と私は答えた。
「ベリーグッド。私が作ったガネーシャの石像はこれだよ」
棚から石像を取って、私に手渡す。
安物と比較すると、彫りが細かいのが一目でわかった。
「これは立派な石像ですね。製作には時間がかかったのでしょう?」
「そう、2週間かかったな。他の私の作品を見たいか?」
そう言って、次から次へと私に自作の石像を見せていく親父。
「ほおおー!これはスゴイですね」
「ありがとう。チャイでも飲むか?」
「はっきり言って、これはワシの最高傑作だと思うな」
チャイを飲みながら親父が指差したのは、全長1メートルの黒光りしたガネーシャ像。
製作に3ヶ月かかったという、親父の渾身作だ。
よく見ると、体中に小さい文字で経文が彫られている。
確かに素晴らしい出来だ。
しかし価格は日本円で20万円相当、と非常に高額な商品だった。
これだけ石像が大きいと重さも半端ではなく、手荷物として携行できるものではない。
「ちゃんと木箱に入れて国際郵便で日本へ送る。ノープロブレムだ」
親父の頭の中では、私とのやりとりは大きな商談成立に向かっているようで、異様なほどテンションが高い。
「どうするんだ?」
どうする、と言われても・・・
もともと私は買う気が全くないのである。
「せっかくですが、無理です。そんな大きな石像は必要ありません」
「そうか・・・」
憑き物が落ちたようになり、ガックリうなだれる親父。
それを見ていた私は、申し訳ないような気分になってしまった。
「じゃあ、これを一つ・・・」
私は作者不詳の小さなガネーシャの石像を一つ買った。
つづく
散策するには街の規模が大きすぎるし、尋常ではない人の多さに辟易してくる。
都会は買い物には便利だが、長く滞在する気分になれなかった。
私はチェンナイで料理本の購入や有名レストランでの食事をしたあと、バスに乗って以前訪問したことのあるマハーバリプラムへ向かった。
マハーバリプラムは、チェンナイから南に60kmほど下った小さな町だ。
石窟の町として知られ、世界遺産の史跡がある。
石細工のアクセサリーや石像が定番の土産品となっている。
ビーチが目の前にあり、欧米人の旅行者が多い観光地でもある。
都会のように洗練されていない分、土着的で地元色が強い印象を受ける。
前回訪問時に長期滞在していたこともあり、私にとって思い入れのある町だった。
バスから降りた私は、バススタンド近くの食堂で、カレー定食・ミールスを注文した。
テーブルの上にバナナの葉がはらりと敷かれ、数種類のカレーや副菜、米が次々と盛られていく。
私はぎこちない手つきでカレーを米と混ぜ合わせ、手ですくい上げながら口に運ぶ。
辛味。甘味。酸味。
サラサラの米に複数のカレーの味が混ざり、どんどん味が立体的になっていく。
南インドに来てよかった、と実感する瞬間だ。
食事を終えた私は安宿の客引きにつかまり、あっさりと宿を決めた。
荷物を部屋に置き散策をしていると、私を呼び止める声。
「おい、アンタ」
土産物店の入り口に座り込んでいた、六十代くらいの男が叫んでいる。
どうせ呼び込みだ。
興味もないし、と通り過ぎようとした瞬間、
「アンタは以前に見たことがある。随分前だが、ここに来たことがあるだろう?」
親父は気になる台詞を言った。
確かに1999年の旅で訪問していたから、2度目の訪問だ。
この親父が本当に私を記憶していたとは思えなかった。
こんな客引きをされたのは初めてだったし、直感的にこの親父は面白い人だと感じた。
私は足を止め、親父の話に付き合うことにした。
店内には、シバ・ガネーシャ・ラクシュミ・クリシュナ・・・
ヒンズー教の神々が石像として数多く陳列されていた。
親父の作品以外に、土産用として価格の安い作者不詳の小さな石像も揃えてある。
その小さい石像を手に取り眺めていると、
「アンタはインドの神では誰が好きなのか」
と親父が聞いてくる。
「やっぱり、商売の神であるガネーシャですかね」
と私は答えた。
「ベリーグッド。私が作ったガネーシャの石像はこれだよ」
棚から石像を取って、私に手渡す。
安物と比較すると、彫りが細かいのが一目でわかった。
「これは立派な石像ですね。製作には時間がかかったのでしょう?」
「そう、2週間かかったな。他の私の作品を見たいか?」
そう言って、次から次へと私に自作の石像を見せていく親父。
「ほおおー!これはスゴイですね」
「ありがとう。チャイでも飲むか?」
「はっきり言って、これはワシの最高傑作だと思うな」
チャイを飲みながら親父が指差したのは、全長1メートルの黒光りしたガネーシャ像。
製作に3ヶ月かかったという、親父の渾身作だ。
よく見ると、体中に小さい文字で経文が彫られている。
確かに素晴らしい出来だ。
しかし価格は日本円で20万円相当、と非常に高額な商品だった。
これだけ石像が大きいと重さも半端ではなく、手荷物として携行できるものではない。
「ちゃんと木箱に入れて国際郵便で日本へ送る。ノープロブレムだ」
親父の頭の中では、私とのやりとりは大きな商談成立に向かっているようで、異様なほどテンションが高い。
「どうするんだ?」
どうする、と言われても・・・
もともと私は買う気が全くないのである。
「せっかくですが、無理です。そんな大きな石像は必要ありません」
「そうか・・・」
憑き物が落ちたようになり、ガックリうなだれる親父。
それを見ていた私は、申し訳ないような気分になってしまった。
「じゃあ、これを一つ・・・」
私は作者不詳の小さなガネーシャの石像を一つ買った。
つづく
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