20151020(火)

この本は強くお薦めします。

中井 久夫『戦争と平和 ある観察』人文書院 2015年
 「時とともに若い時にも戦争の過酷さを経験していない人が指導層を占めるようになる。長期的には指導層の戦争への心理的抵抗が低下する。その彼らは戦争を発動する権限だけは手にしているが、戦争とはどのようなものか、そうして、どのようにして終結させるか、その得失は何であるかは考える能力も経験もなく、この欠落を自覚さえしなくなる。」p15
 「平和は、なくなって初めてそのありがたみがわかる。短い祝祭期間が失望のうちに終わると、戦争は無際限に人命と労力と物資と財産を吸い込むブラックホールとなる。その持続期間と終結は次第に誰にもわからなくなり、ただ耐えて終わるのを待つのみになる。太平洋戦争の間ほど、平和な時代のささやかな幸せが語られたことはなかった。虎屋の羊羹が、家族の団欒が、通学路のタバコ店のメッチェン(少女)が、どれほど熱烈な話題となったことか。平和物語とは、実はこういうものである。過ぎ去って初めて珠玉のごときものとなるのは老いの繰り言と同じである。平和とは日常茶飯事が続くことである。」p22
 「戦争が始まるぎりぎりの直前まで、すべての人間は「戦争」の外にあり、外から戦争を眺めている。この時、戦争は人ごとであり、床屋政談の種である。開戦とともに戦争はすべての人の地平線を覆う。その向こうは全く見えない。そして、地平線の内側では安全の保障は原理的に撤去されている。あるものは「執行猶予」だけである。人々は、とにかく戦争が終わるまでこの猶予が続き、自分に近しい人の生命と生活が無事なままに終わってほしいと念じる。それが最終的に裏切られるのは、爆撃・砲撃を経験し、さらに地上の交戦を経験した時である。それが戦争のほんとうの顔であるが、究極の経験者は死者しかいない。」p22~23






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