20161120(日)

「夢」が学問的に検討されています

児美川 孝一郎 『夢があふれる 社会に 希望はあるか』KKベストセラーズ
世間では「夢」がもてはやされているけども、夢を持つことは、そんなにステキなことなのだろうかという問題意識を土台として下記の二点が本書で論じられている。第一に、「夢」というものの正体、第二に、「実像」としての夢に私たちはどう向かい合い、どう付き合っていけばよいのかである。

プロローグ
第1章 夢を実現している人は、どれだけいるか?
第2章 キャリア教育学は「夢追い人」をつくる?
コラム 諸外国では若者に「夢」をあおらないのか?
第3章 夢をどうとらえればよいか?
第4章 夢とどう向き合うか?
エピローグ
あとがき

・この日本社会において、夢を実現して生きている人は、割合として見れば、そんなには多くはない。
夢を実現できても、できなくても、夢を途中で変えても、それなりの幸せのかたちというものがありそうだ。だとすれば、「夢」を固定的で動かないもののようにとらえるのはやめておいたほうがよい。「夢」と「現実」が交差する地点で、どう振る舞うかが大事なのではないか。
・日本社会において、大人が子どもや若者に「夢」を押し売りするようになったのは、・・時代状況においてだ。(同書70ページ)
最初にそれを言い出したのは、政治家や財界の重鎮、そして企業の経営者たち。日本社会と経済の「閉塞」を打破するために、「若者たちよ、もっとしっかりせよ!」「夢を持て」「夢をあきらめるな」と。
実際、1990年代後半から2000年代にかけての時期は、高卒でも大卒でも、かつてこの国が経験したことのないような就職難が続いており、非正規雇用で働く若者の数も急増していた。また、新卒で就職できても、すぐに離職してしまう若者が、かなりの割合にのぼってもいた。
政治家や経営者たちが考えたのは、働く意欲が乏しい若者が増えてしまったから、就職難や非正規雇用の増大が起きているのだという、彼らにとって相当に都合のよい「解釈」だったと言ってよい。
だから、若者に「将来やりたいこと」や「就きたい職業」、端的に言って「夢」を持たせれば、それが働く意欲の回復につながる。そうすれば、就職難や非正規雇用の問題も解決に向かうと夢想したわけである。
しかし、冷静に考えれば誰にでもわかるように、若者の就職難や非正規雇用の拡大という問題は、第一義的には企業の側の採用行動の変化―あけすけに言ってしまえば、正社員の採用を絞って、不足分を非正規社員で補っていくという雇用戦略への変化―に端を発していたはずである。そこには、若者の意欲や能力の問題が絡んでいるとしても、それだけに責任転嫁できるものではない。
また、早期離職の問題も、競争が激しくなる中で、正社員の数が減らされている職場環境の厳しさという問題と、若者の側の問題が重なるところで生じているはずである。
その意味で、若者の耐性のなさや意欲の欠如に原因を求めるのは、明らかに一方的であり、的はずれな発想と言うほかない(詳しくは、児美川 孝一郎 『若者はなぜ「就職」できなくなったのか』日本図書センター2011年を参照してください)。

・夢との付き合い方
①夢が見つからない時
・興味・関心の範囲を広げる
・能力・資質を伸ばす
・職業・仕事にこだわるのをやめる
(・消去法で考える)
②夢をめざしている時
・夢の世界の現実を知る
・その夢をめざす根拠を掘り下げる(1、自分にとっての「夢」が出会い頭に近いような「恋」なのか、ずっと持ち続けている「憧れ」なのか、現実的な吟味を経たうえでの「志望」なのかをはっきりさせる。2、職業世界として見た場合の「夢(=就きたい職業ややりたい仕事)」の現実について、きちんと知っておく)
③夢が実現しそうにない時
・夢に関連する職業を調べる
・夢の根っこ(人が夢を持つ以上は、それが、一時的な憧れでしかない場合は別として、背景に自分にとっての大切な「何か」があるはず)を再確認する
・夢の達成を先延ばしにする
・プライベートで夢を追いかける

・「やりたいこと」「やれること」「やるべきこと」は、必ずしも相反することではないし、一つだけを選べというものではない。三つが重なるところはあるはずだ。どんな「やるべきこと」だって、自分がどうしてもやりたくないことは、普通はやらない。だから、世の中で今必要とされている「やるべきこと」の中で、同時に、自分の「やりたいこと」とも重なって、かつ自分の能力、適性という意味での「やれること」の範囲に入ることを見つける。そんな三つの円が交わるところで自分の「夢」を持てたら、その夢は、ずいぶんとしっかりしたものになるだろうし、実現の可能性も見込めるのではないか。
・現在の日本社会は、「夢」をあおる社会であり、夢を持つことを強要する雰囲気を持った社会である。「夢」や「やりたいこと」がない子どもや若者は、ひょっとしたら自分はダメ人間なんじゃないかと、強迫的に思わされてしまうような社会(夢を強迫する社会)でもある。キャリア教育のような営みをも含めて、若者が「夢を持つ」ことに過剰な価値を置き、それをあおり、称揚する社会である。児美川教授の理想は「等身大の、ありのままの自分が認められ、でも、少し背伸びすることを求め、励ます社会」である。

蛇足
学校世界から職業世界への移行過程においてこれだけのポイントがあることを明らかにしたことに対しまして児美川教授に深く敬意を表します。これらの研究成果はこれからの日本社会で人生を生きていく子ども・若者たちにとってきわめて有意義な知見であることは確実です。その一方で、これらの貴重な知識内容を子ども・若者にどう伝えていけばよいのか、伝えていかねばならないのかというもどかしさを感じました。大学生や院生はこの本を自ら読んで、どんどん進んでいけるような気がしますが、中学生、高校生がこれらの知見を彼ら/彼女らの人生に活かすには重要な他者が必要ではないでしょうか。その他者が身近にいるかいないかは社会階層に沿って形成されている可能性があります。あと、同書47ページの調査で、図7「夢の職業に就くことができたか」の問いに対して各年代の50代、40代、30代、20代の回答者の中で約10%の割合で「夢の職業に就くことができ、今も就いている」と回答していました。このような回答をした人たちはいったいどのような人たちなのかという疑問を持ちました。ちなみに私の小学6年生のときの「夢」はパイロットでした(笑)。

本書はこんごさらに不確実性が高まるであろう日本社会でこれから生きていく子ども・若者たちにとって確かな道しるべになる作品です。






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